日頃はクライアントに立派な助言をしている私も、実は従業員を雇用する中小企業の社長です。コンサルティング事業とは別に、埼玉・熊谷市の「日本一HOTな街のHOTな街おこし」の一環でカレーショップを運営しています。ある時、店長が相談にきました。
「年明けから売上が大幅減少していて、2月に入っても回復の兆しが見えません。変な噂は耳にしませんし、味も変わらないと思います。売上低迷が続く理由がこれと言って思い当たらないのですが、どうしたものでしょうか」
緊張感を取り戻すため報奨金制度を打ち出したが…
店の運営は店長任せなのですが、低迷を脱する兆しのなさに危機感を覚えたようです。私は「年末の緊張感が解けてスタッフ全体に張り詰めたものを感じない」と話したところ、店長も納得の様子で、主題はどうやって緊張感を取り戻すかという相談に移りました。
しかし口頭で「緊張感を持て」と言っても、なかなかうまくいくものではありません。そこでスタッフに「共通の目標」を持たせ、達成意欲を刺激してはどうかと提案しました。
具体的には、日々の売上目標をスタッフと共有し、どうしたら日々の目標をクリアできるかを毎日一緒に考えるというやり方です。また、スタッフのモチベーションを上げるために、目標を達成した場合にはインセンティブ(報奨金)を支給することを提案しました。
私の提案に、店長はあまりスッキリした表情ではありませんでしたが、他に代替案もなく、とりあえずこのやり方で取り組むことになりました。売上低迷の実情と新制度について私からスタッフに説明し、売上回復に向けた意気込みをしっかりと伝えました。
しかし、1週間経てど10日経てど、売上は一向に上向く兆しはなく、目達インセンティブ制度はカラ振り状態。相変わらず目標をクリアできない日が続きました。これはどうしたことかと店長に意見を求めてみたものの、さっぱり分かりません。
そこで私は日中の店に出て、直接スタッフに尋ねてみることにしました。店のムードが相変わらず沈滞気味だったこともあり、聞きたいことはただ一点、「なぜ、目達インセンティブ制度でモチベーションがあがらないのか」です。するといつも何事にも前向きなスタッフのAさんが、こう答えてくれました。
「社長に怒られるかもしれませんが、実は私少しガッカリしてます。目達インセンティブ制度は、ただニンジンをぶら下げられているみたいで、何かうちのお店らしさが感じられなくて寂しいんです」
「やるべきこと」ばかりでなく「やりたいこと」を忘れるな
Aさんが当店で働くことを決めたのは、私が言っていた「カレーで街を元気にして、全国からお客様に来てもらえる店をめざす」という一言だったそうです。しかし目達インセンティブ制度は、短期的な店の売上数値しか掲げていない。
横で聞いていた他のスタッフも、「目達インセンティブは違う気がします」と続きました。私はガツンとハンマーでアタマを叩かれたような衝撃を受けました。
クライアントには普段から「ビジョンの重要性」を力説している自分が、小さなカレーショップの運営とはいえ組織であることを忘れて、ビジョンを置き去りにしていたのです。組織を前に進めるときには、「やれること」「やるべきこと」ばかりでなく、ビジョンであるところの「やりたいこと」をしっかり共有しなければいけません。
お店が「やれること」任せで低迷状態にあって、私は「やるべきこと」ばかりを強調していました。本当に必要だったのは、組織としての「やりたいこと」は何なのかを、社長である私が今一度皆と共有することだったのです。
「それはすまなかった。じゃあ、こうしよう。全国からお客さまに来てもらうためには、まず地元で一番有名な飲食店にならないと。そうなるために今、何をしたらよいか皆で考えよう!」
目達インセンティブは中止。Aさんを中心にお店の再活性化策を検討し、店舗内外の飾りつけの変更やメニューシートのデザイン刷新、新メニューの検討に着手しました。2月の下旬からの売上は回復し、3月以降は無事成長軌道に戻りました。
果たしてこの方向転換が功を奏したものか否かは分かりませんが、スタッフに活気が戻ったことは確かです。客商売では「店の活気」は大変重要なのです。どんな組織でもビジョンは大切なのだ――。そう気づかせてくれたスタッフに感謝しています。(大関暁夫)