中小企業で採用されることの多い「みなし残業代」制度。一定以上の残業時間はカウントせず残業代を抑制するという違法な目的で使われることが非常に多いので、禁止すべきという声も聞かれる。
ある会社では、「みなし残業代」分の時間外労働をせずに営業目標を達成した若手社員が、定時に退社していたところ、上司から呼ばれて叱られたという。その社員から抗議を受けた人事担当者は、どう対処すべきか頭を抱えている。
「課の目標が未達なのに」と課長おかんむり
――製造業の人事です。当社では労働時間管理を効率化するために「みなし残業代」制度を導入し、営業部の社員には一律月30時間分を毎月支払っています。
先日、営業部のA君から相談がありました。毎月月末になると、課長に呼ばれて「残業時間が足りなすぎる」と言われるのだそうです。
確かに彼の残業時間は、ここ数か月の間、20時間以内に収まっており、先月は15時間しかありませんでした。しかしA君は納得できません。
「四半期ごとの営業予算も毎回達成しているし、顧客対応も問題ないはず。それなのに『みなし残業代くらいは残業しろ』なんて、課長は全くわけが分からない」
課長に状況を確認すると、確かに予算は達成しているようです。しかし課長が納得できないのは「同じ部員の中に未達成の人がいるのに手を貸さない」ということでした。
「同僚が未達成なら、全体の目標達成のために自分がもっと頑張るべきなんじゃないの? 少なくとも俺たちの若いころはそうだったよ。そもそも残業30時間以下なら、残業代もらいすぎじゃないか。人事はそれを許していいの? あいつは勘違いしてるんだよ」
A君の課では、A君以外は全員が予算未達で、課の通期の予算達成も難しいようです。余裕のありそうなA君に更に頑張って欲しいという気持ちは分からないでもないですが、期の途中で仕事を積み増しして残業を強制するのは問題ですよね――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
未実施の残業時間は翌月以降に繰り越すことができる
残業代(時間外手当)は、毎月実施した分だけ支払うのが原則です。ただし労働者の同意を得て就業規則あるいは個別の労働契約で定める場合には、月の平均残業時間の見込みを踏まえ、毎月定額の「みなし残業代」を支払うことができます。とはいえ、実際にそれを超える残業が発生した場合には、会社はその分の残業代を追加で支払わなければならず、残業代の上限キャップとして使うことは許されません。これを怠ると、退職後に未払い残業代の請求訴訟を起こされるリスクが生じます。
同様に、毎月の「みなし残業代」に相当する残業時間を大幅に下回った状態が続く場合、会社は労働者に未実施分の残業をさせることができます。みなし残業時間と実残業時間の差を翌月以降に繰り越せるとした判例もあります。運用例は少ないですが、この制度を導入する場合には労基署にあらかじめ相談し、就業規則または賃金規程の中で繰越について定め、社員にしっかりと説明した上で同意を得る必要があります。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「上司が明確な指示を出し、実行させる」という基本に戻る
A君は「みなし残業代」に対する認識を「裁量労働制」と誤解しているのかもしれません。「裁量労働制」は、成果が上がれば労働時間を含む働き方は労働者に任されています。しかし「みなし残業代」は労使の労働時間に関する取り決めであり、成果が上がればそれ以上働かなくてもいい、という制度ではありません。
課長は「自分の力で業績を上げてこい」と丸投げしていたのでしょう。だから目標を達成したら、それ以上のことはしなくてよいとA君は考えたのです。もしも残業時間が足りないのなら、課長から「○○を××するように」という具体的な指示を出して、それを実行させる必要があります。それもせずに「余った時間でさらに頑張れ」では、A君も嫌になってしまいます。A君の目標と報酬を引き上げて更に頑張ってもらうか、他のメンバーのサポートや教育に必要なタスクを課長が指示し、それを遂行してもらうのがよいのではないでしょうか。