2年ほど前の事です。ある日、地方都市のクライアントであるA社を訪ねると、見知らぬ中年男性が社長室を訪れていました。
「大関さん、紹介するよ。M&A仲介会社の方だ。うちの飛躍につながりそうないい話を持ってきてくれたそうだから、一緒に聞いて欲しいんだ」
A社は、社長が脱サラで創業して20年のIT機器販売代理店。コツコツと地場の法人先相手に取引を広げ、着実に業績を伸ばしてきた会社です。
相手の売上は自社の2倍。全国展開で上場も夢ではなく…
男性が持ってきたのは、A社より規模の大きな東京の同業B社の買収話。まず社長の年齢が52歳と確認すると、「あと15年がいいところですかね」と言いました。社長が怪訝そうに見返すと、
「一般論ですよ。60代後半ぐらいで後継に道を譲られるケースがほとんどですから。となると、その時点の売上は今の倍ぐらいですかね。上場には厳しいかもしれません」
男性はさらに続けます。
「先方のB社の売上は、御社の約2倍。後継者がおらず、業績好調なうちに売りに出したいということです。営業所も全国に持っていますし、多角化の一環で外食部門もあります。このM&Aが実現すれば御社は全国展開に転じて、売上は一気に3倍。新たな事業分野まで手に入るので、上場にも有利です」
これまでのやり方で会社を3倍にするとしたら、あと20年はかかるとのこと。もし実現したとしても、社長はそこで引退ですが、M&Aなら今実現します。
「M&Aというのは、実は経営者が時間を買うことなんです」。さすが百戦錬磨のベテラン営業。なかなか上手なセールストークだなと思っていると、あの堅実な社長の目がみるみる輝いて、買収金額の目安や手数料について積極的に質問をしています。
これまで中小企業M&Aの失敗事例をいくつか見てきた私は、この手の話には簡単に乗るべきではないと思い、男性が帰った後に残って社長に真意を質しました。