労働者の申し出によって、子どもが満1歳になる前日まで男女とも休みをとることができる「育児休業法」が施行されて10年あまり。しかし依然として、社員や部下の育休取得を歓迎しない経営者や管理者は少なくない。
そこで国や地方自治体では、部下の育休取得を促進させる「イク(育)ボス」を増やそうとする試みを開始している。育児と仕事の両立を図れる職場環境の整備を目指すというが、果たしてうまく定着するだろうか。
問題は公平感。「子持ちのいる部署だけズルイ」とならないか
「イクボス」という言葉を最初に使いだしたのは、群馬県だ。今年2月には「イクボス養成塾」を開催。東レ取締役を務めた佐々木常夫氏を招き、仕事と家庭の両立の大切さをテーマとした講演会を実施した。
県労働政策課に取材すると、当日は地元の経営者や管理職143人が参加したという。ある経営者からは「自分が幼い子を抱えていた時代には『仕事を休んで育児』という発想も制度もなかった。今の時代、(育休)制度に対する理解は大切」といった感想があったそうだ。
このほか、群馬県の担当者が地元の事業主や経済団体の会合に赴き、育休取得を進める必要性を説明する取り組みも進めているという。
「イクボス」は、政府にも影響を与えている。森雅子消費者行政担当相は6月11日の閣議後会見で群馬県の事例に触れ、「管理職の意識改革が最も重要」と強調。消費者庁においては育休を取得した職員だけでなく、部下の育休を積極的に認めた上司に対して人事評価で考慮し始めたことを明かした。
イクボスが査定アップにつながるわけだが、消費者庁では「公平感」の問題に苦慮したようだ。当初は育休を取得した人の評価を上げる案を検討していたが、周囲からは「休んだ人だけがいい思いをするのはおかしい」「仕事の穴埋めに苦労するのは同僚たちなのに不公平」という意見があがった。
そこで、評価の対象を上司や同僚まで拡大することで解決を図ったが、この方法でも今後は別の問題が出てくるかもしれない。例えば独身者の多い部署から「子持ちがいる部署だけがいい思いをするのは不公平」といった意見が出ることも予想される。
育休取得者が増えることで、仕事量が減っているのに評価と人件費が上昇していく滑稽な事態も起こるかもしれない。ネットにはすでに「こんな手厚い制度は公務員じゃないとムリ」という声もあがっている。
「妻は専業主婦」の昭和上司では配慮も期待できない?
また、大きな組織ならともかく中小企業では、従業員がひとり欠けただけでも仕事のやりくりをカバーする人材を見つけるのは簡単ではない。
この点について森消費者相は、休業者の穴埋めとして「例えば地域の企業グループが『人材バンク』をつくり、国の補助金などで登録者の身分保障をしながら、欠員が出た際にはそこから代替要員を派遣してもらう」との案を披露している。学校教員が産休を取った場合、代わりに臨時教員を採用するイメージだという。
また「育休制度を活用している企業には助成金や減税などでインセンティブを高めていきたい」とも言及した。しかし、そのような支援策も「世間の価値観」が変わらないことには回っていかないという冷ややかな見方も多い。
特に男性は育休制度をほとんど活用できていないと言ってよいが、その背景には「育児は女の仕事」「男が育休を取ったら出世できなくなる」といった価値観があるのが現実だ。
厚生労働省によると、育休取得率は2011年度で女性が87.8%なのに対して男性は2.63%と低水準にとどまった。過去との比較では増加しているが、割合で考えると100人に3人弱しか取得できていない計算になる。
群馬県労働政策課の担当者は「企業にとって女性が貴重な戦力である今日、育児の負担を夫が分かち合うのが重要」として、男性の育児参加の必要性を強調する。しかし「妻は専業主婦」「子育てに実家の支援」が当たり前だった昭和の時代に子育てを済ませた経営者では、平成の状況に対応した配慮も期待できないという見方も根強い。