「このところ社内が浮き足立っていて、困っているんだよ」
そうこぼすのは、交通インフラ機器の設計会社のA社長。従業員は20数名。ここ数年、外資系企業の市場参入で業界内の人材の引き抜き合戦が加熱。最近では中小企業にまでその波が押し寄せているのだとか。
行く先々で「どこの誰が引き抜かれた」という噂を耳にするものだから、技術者も営業もスキあらば少しでも好条件の求人に応募しようと虎視眈々なのだそうです。
転職志向に「青い鳥は自社の中にいる」と不満顔
しかしA社長は、このような状況に不満です。
「外資は見かけの給与は高いかもしれないけど、完全実績主義だろ。使えなければポイの使い捨てだよ。それに比べてうちみたいな老舗企業は、退職金制度だってあるし福利厚生もしっかりしている。待遇だって決して悪くない。官公庁向けの仕事も多く、経営もそこそこ安定しているしね」
A社長は「チルチルミチルが探していた『青い鳥』は、結局自分の家にいた」という例をあげて、リスクを犯して転職をするメリットがどこにあるのか疑問だというわけです。
その時は「なるほど」と聞いていたのですが、数日後、転職斡旋会社のB社長とランチミーティングをして、根本的な考えの修正を迫られてしまいました。
私が「景気の先行きもまだまだ不透明だし、転職希望者は減っているんじゃないですか?」と尋ねると、彼は「いやいや、そうとも限らないね」と答えます。
「景気が悪くなると動かないのは、30代半ば以降の役付き。それより下は好景気の経験がないから、少しでも居心地の悪さを感じると景気と関係なく動くんですよ。買い手市場なこともあって、外資は『安くて活きのいい人材が取れるチャンス』と思っています」
しかし成果主義の外資で低賃金なら、仕事がキツくなるばかりで動くメリットも薄いのではと疑問を投げかけると、B社長は「若い人たちはハナから会社組織に厚遇や退職金なんて期待していない」と言います。
「彼らが期待しているのは、キャリアアップです。ノウハウの吸収と人脈の構築を、いろいろな現場で積み上げていこうとしているのです。最近では最年少上場企業社長の誕生とかもあって、先々独立したいと思う若者は我々の時代とは比較にならないぐらい増えてます」
個人のキャリアアップ志向を押し込めても解決しない
彼は現在の若手転職市場の傾向を、こんな例え話で説明してくれました。
「いずれは自分のお店を持ちたいと、徐々に勤める店のランクを上げながら人脈層を厚くしていくのって、水商売の世界では常識じゃないですか。古い経営者たちは“若年労働層のお水化”が進んでいると理解すべきですね」
翌月、A社長のところに再度訪問すると、技術者が一人転職を決めたばかりで、社内の浮き足立ちは余計にひどくなったといいます。そこでB社長の話をすると、前回と打って変わって神妙な表情で聞いていました。
「なるほどね。今回動いたヤツは29歳だし、動いた先も外資だ。老舗で2年基礎を勉強して、外資で別のノウハウを吸収。いずれは代理店として独立ってあるかもな。外資ならドライな分、独立後のビジネスライクな関係維持はありだしね」
“お水化”の流れを前提に、私は社長に「個人のキャリアアップを望む者がいるなら、それを押し込めずに支援する」スタンスを取るべきだと助言しました。
具体的には、ジョブローテーションを行ってさまざまな業務の経験を積ませたり、年功制を成果主義に移行したり。独立支援的施策として双方の合意のうえで、ある時期から雇用契約を業務委託契約へ移行することも考えられます。
経営者が考えている「青い鳥」と若手社員が探している「青い鳥」は、実は全く別の鳥である可能性もあるのです。経営者は社員の「青い鳥」の姿をしっかりと捕まえておかないと、思わぬリスクに直面することにもなりかねません。(大関暁夫)