「手で描くのと、パソコンを使うのではどう違いますか」
ツールが思考を規定するか否かというテツガク的な問題は、新しいメディアが出現するたびに思考実験としてよく議論されます。手書きとタイプライター、絵画と写真、レコードとCD。いつの時代も「どっちがいいのか?」という問いが投げかけられます。
アニメも今はほとんどがデジタルで制作されていますが、依然として「やっぱり手描きがいい」という人もいます。アニメには「手でつくるもの」という印象があるのでしょう。
「ズレ」の感覚が手描き風アニメを支える
現実には今のアニメも仕上げ以降はすべてデジタル・データなので、何度コピーしても「揺らぎ」はありません。
そういう意味では、数学的に整った情報に「手描き風味」が加わっているのが今のアニメだというほうが正確なのかも知れませんが、ほぼデジタルとはいえアナログな「手描きの風味」を感じる人は多いのではないでしょうか。
では、なぜ「手描き風味」が残っているように感じるのでしょうか? その正体のひとつは「ズレ」です。
デジタル・データの特徴は、さきほども触れたように「揺らぎ」「ズレ」のないことです。コピーしても、同じものが何度でもコピーできるのがデジタル情報です。反対に、手描きで同じ絵をコピーしようとしても、デジタルのようにはいきません。当然、線に「ズレ」が生じます。
人の知覚は「つながり」を感知することでものの動きの法則性や連続性を認識していますが、「揺らぎ」や「ズレ」がなければ単純で平面的な動きに感じます。
たとえば、機械織りと手織りの2種類の布地を触ったときに、「手ざわり」だけで違いを理解します。手織りのほうに「ランダムな何か」を感じるのですが、動きの法則性や連続性に「ズレ」が感じられることで「手描きの風味」が覚知されるのです。
デジタルアニメと「手描き風」はそんなに遠くない
「だから3Dアニメは手描きの良さがないんですね?」とよく言われることもありますが、ここがアニメの面白いところで、実は最近の3Dアニメは意識して「ズレ」を入れているのです。
アニメの3Dは主に撮影部が担当していますが、ゲームや映画の3D制作と同じで、3Dソフトを用いてオペレーターが最適値を算出しています。3Dには2つのプロセスがあり、ひとつはキャラクターを造形するモデリング。もうひとつは、キャラクターの動きをつくるモーションといいます。
モデリングはフィギュアやぬいぐるみをつくることを想像してもらえるといいと思いますが、モーションは文字通りシーンに合わせた動きをつけることです。共通していることは、どちらも基本的には適切な数値を入力すれば完成します。
しかし、アナログな人間の動きには「ズレ」が多いものです。そういったズレ情報を3Dオペレーターが手で入力します。キーボードを使って地道にひとつずつ数値を調整するので「手づけ」といいます。
このアナログな方法が「手描き風味」を醸し出すわけですが、「手づけ」の情報を大事にしている3D監督は意外に多く、その理由は、そこにクリエイターの個性が出るからです。
最近は、面白いモブシーンの動かしかたをするスタッフや、気持ちいいアクションが得意なスタッフが増えてきました。デジタルは意外と個性的なのです。
アニメもデジタルに移行してから20年近くたちましたが、先日、ある3D監督から聞いた話で面白かったのは、「今のアニメ3Dは、ちょうど作画の黎明期に若手スタッフが好き勝手に暴れて実験していた時代と似ている」とのこと。アニメをみるときには、デジタルアニメの「ズレ」にも注目してみてみると面白いかもしれませんね。(数井浩子)