「営業」と「支払督促」は絶対に兼任させてはならない
Aは役員待遇で、コンサルタントとして講演や執筆も行う売れっ子だったようだ。会社から絶大な信頼を得て、周りもうるさいことを言わなくなるにつれて、自己正当化がエスカレートしてしまったのかもしれない。
「自分には自由にお金を動かす権限がある」「会社には十分に貢献している」「もっと報酬をもらう権利がある」――。こういう立場にある者がFXやギャンブルにハマれば、強固な「不正のトライアングル」の完成だ。
債権管理に関する会社の内部統制もずさんだった。以下のような点が教訓となるだろう。
1.営業と資金回収の担当をきっちり分ける
営業担当者に売掛金管理もやらせるというのは、悪い見本の典型だ。特に回収が遅れた先への支払督促や実態確認は、絶対に営業担当者にやらせてはいけない。この事件ではクライアントはちゃんと入金しているのだから、A以外の誰かが直接クライアントに督促すればすぐに「おかしい」となったはずである。
2.現地・現物を自分の目で確認する
Aの上司は、ニセのeメールや来訪者からのメッセージを鵜呑みにしてしまった。多額の支払が遅れているという異常事態なのだから、何はさておき自らクライアントのオフィスに出向いて実態を見極めなければならなかった。現金や在庫はもちろん、取引先も「現物」を自分の目で確かめないと、危険信号を見逃してしまう。
3.不正の兆候への感度を高める
不正を隠し続けようとする者には、「何でも自分でやりたがる」という兆候が現れる。恐らく資金回収に関するクライアントとのやり取りはAがすべて仕切っていたはずで、周囲にはそのようなAの動きを不審に感じていた社員もいたのではないか。
しかし、その時は「Aさんに限って」と見過ごしていたのかもしれない。多くの横領事件は、発覚すると周囲の人たちはまず「まさかあの人が」と驚き、事実が分かるにつれ「そう言えば、何か不自然だったなぁ」と遅まきながら気づくのである。(甘粕潔)