これから夏にかけて、職場ではさまざまな形で「軽装」が進むと予想される。昨今は節電を兼ねて、室温が摂氏28度でも快適に過ごせる「スーパークールビズ」を推進しようという動きもある。
社内にいる分には、どんな格好でも問題ないといえばないが、社外の人と合う場合には、そうはいかない。ある会社では、商談に同席したエンジニアの服装を取引先が問題視し、クレームが入ってしまった。総務の担当者は、このまま放置しておいてよいものかと頭を悩ませている。
社員は「でも自由って言ってたじゃん」
――アプリ開発会社の総務です。最近、仕事の引き合いが多く、売上も従業員も急増しています。それに伴い、取引先からのクレームも色々と目立ってきました。
元々創業者の仲間うちで始めた会社なので、最低限のルールしかなく、自由な雰囲気でやってきました。あらかじめルールを決めるより、何か問題が起きてから対処するスタイルです。
しかし先日、取引先から受けたクレームには、どう対応すべきか考え込んでいます。営業に同行した開発担当のエンジニアの服装が、あまりにラフだということで、取引先の役員から弊社役員に連絡があったのです。
「御社は大事な商談に、あんなだらしない格好のスタッフを寄こして、どういうつもりなのですか。ちょっと常識を疑いますよ」
クレームを受けた役員が「やっぱりドレスコードをちゃんと決めた方がいいのかなあ」というので、イントラネットで意見を集めてみたところ、思いのほか拒否反応が多いことが分かりました。
「入社したときは、服装自由って言ってたじゃないですか」
「雇用契約書にも、確かそう書いてあったはずです」
とはいえ、会社をこれから大きくしていくのであれば、やはり自由放任では危ない気がします。「客先にはアロハとサンダルで行かないこと」などのルールを設けて、社員に従わせることはできるのでしょうか。
臨床心理士・尾崎健一の視点
どういう会社と付き合うかは自社で決めればいい
会社が急成長するときには、内部統制のほころびから大きな事件が起きることが往々にしてあります。今回のケースへの対応だけでなく、会社として「どのくらいの規模に拡張していくのか」「どういう会社を目指すのか」という大きな方針を決め、それに応じてルール化をどの程度進めるか、社内のコンセンサスを取っておいた方がいいでしょう。
社内ルールの決め方については野崎さんに譲るとして、私としてはドレスコードを定めない方向もあると思います。会社として「エンジニアが自由に働ける環境をつくる」と掲げる会社なら、一件の顧客クレームに左右される必要はないのかもしれません。アメリカのシリコンバレーの創業者たちによって、「企業経営者はダークスーツにネクタイ」という常識は覆されました。そういう雰囲気を受け入れない会社と付き合うかどうかは、会社が決めることですし、ルールによる締め付けによって失われるものも少なくないと思います。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
ドレスコード化は「不利益変更」に該当するおそれあり
ドレスコードを決めるべきかどうかは尾崎さんの指摘の通りですし、ルール化しなくても慣行として対応できるとも思うのですが、今回は「公式ルールとして決める場合」に絞って解説します。ドレスコードの規定化は、「服装の自由を奪われる精神的苦痛」などを伴うため、労働者にとって不利益を伴う変更に当たるおそれがあります。したがって、会社が勝手にルール化して社員に従わせることはできないと考えた方がよいでしょう。
就業規則を変更する場合には、以前も説明したとおり、「使用者は事業場の過半数代表の意見を聴取しなければならない」とされ、不利益変更が妥当と判断されるためには、内容や手続きなどが合理的なものでなくてはなりません。なお、労働者にとって有利に定められた個別の雇用契約の内容は、就業規則に優先しますので、これまで「服装自由」で締結してきた社員に対しては「服装は就業規則に準ずる」という内容で締結しなおすか、そういう内容に読み替えるよう通知しておく必要があると思います。