社長は「スペシャリスト」のままで経営をやっていけるのか

全国の工務店を掲載し、最も多くの地域密着型工務店を紹介しています

   IT機器メーカーの社長、Mさんの話。自身の発明品が、ひょんなことから海外の大手企業に採用され、零細町工場があれよあれよと言う間に新興市場へ上場してしまいました。

   取り巻きからは「発明家」と持ち上げられたものの、自分は右も左も分からないまま上場企業の社長になってしまい、不安になって、別の上場企業で社長を経験したKさんに顧問就任を依頼したのでした。

営業は現場任せ「うちは餅は餅屋」

「おれは技術者」という自負が営業のモチベーションを下げている?
「おれは技術者」という自負が営業のモチベーションを下げている?

   初めて同席した役員会議で、KさんはM社長が営業部長を叱咤しているのを目にしました。「うちの技術は世界一なんだから、もっと売れるはずだ。しっかりやれ!」というのです。しかし会議後、営業部長に話を聞くと、こんな愚痴を明かしてくれました。

「社長はいつもああやって叱咤しますけどね、現場の営業会議に顔を出したことなんて一度もないんですよ。ウチの部下たちも『社長は営業の頑張りや課題について理解もせず、ただ売れよ売れよと言ってるだけ』と不満が募り気味なんです」

   この会社は、ひとつの発明品がきっかけで大きくなったので、営業力で売り上げを伸ばしてきたわけではありません。しかし今後経営基盤をより安定させ、市場を開拓していこうと思えば、営業力の強化は大きな課題です。

   そこで、営業会議に出たことがないのは本当かとM社長に尋ねると、事実を認め、こんな返事を返してきたそうです。

「営業部門の大切さは分かってるよ。でも僕は技術者なんだから、いかに売れる技術をたくさん開発するかに専念した方が会社にとってはプラスなわけだよ。どうやって売り込むかは、営業部門が考えること。餅は餅屋がうちの方針なんだ」

   これを聞いたKさんは、自分が前の会社で社長に就任した当時のことを思い出しました。技術部門を統括する役員だったKさんが、突然社長に就任することになった後、それまで無縁だった管理部門の仕事について、しばらく遠巻きに見ていたことがありました。

   すると前社長の会長からそれを見抜かれ、呼び出されてこう指摘されたそうです。

「Kさん、あなたはいつまで技術のスペシャリストのつもりでいるんですか。社長が各部門と偏った接し方をしていれば、社内はバラバラになりますよ。得意不得意はあってもいいが、ゼネラリストから逃げていてはダメだ」

「社長は社内のことをよく見ている」という信頼感が大切

   Kさんは、この一件を境に経営者としてゼネラリストになるべく意識を改め、独学で経理や財務を学んで少しでも苦手意識を払しょくできるよう努力しました。

   その結果、社内のどんな議論にも当事者意識を持って入っていくことができるようになりました。それが「社長は社内のことをよく見てくれている」という社員の一体感を生み、信頼感が強まったことで社長の考えも社員に浸透しやすくなりました。

   Kさんは、かつての自分のような考えを持つM社長に「それは間違っていますよ」と進言しました。軽んじられたと感じた部門はやる気を失って腐敗が進み、不祥事を生むきっかけにもなる。

   経営者は、あらゆる社内事情に当事者意識を持たなければならない。そのためには「脱スペシャリスト経営」をする必要があります。KさんはM社長と相談し、各部門との「定例課題ミーティング」を設け、現場の情報を共有することにしました。

   このミーティングには、他の部門の幹部社員も出席。担当部門と社長の顔色しか興味のなかった各部門の幹部が、全社的な問題について関心を持つようになったといいます。

   その後、S社の主力技術が異業種の世界的企業に採用されたという記事を目にしました。きっと営業の販路開拓が花開いたのでしょう。「発明家」から「会社経営者」への意識転換は、S社の発明企業からの脱皮をも手助けしてくれたようです。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
姉妹サイト