企業内部で違法行為が行われていても、事情を知りえない社外から問題を指摘することは限りなく難しい。しかし、その行為を放置しておくと、国民生活の安心や安全が損なわれるおそれがある。
そこで国は、問題に気づいた人が安心して勤務先や行政機関に指摘できるよう、違法行為を通報した労働者を解雇などの不利益な取扱いから保護する制度を設けている。それが「公益通報者保護法」である。
先日、都内に勤務する女性パート従業員(55)が「内部告発」を理由に解雇されたのは無効として、東京地裁に訴えを起こした。
「個人を特定できる事項」を明らかにした検査官の軽率さ
この女性は、勤務する弁当製造業者の「衛生管理に問題がある」として、所轄のS区保健所に通報。これを受けて昨年12月、保健所が抜き打ち検査をしている。
検査の結果は報道では分からないが、あろうことか検査官は業者に告発者の名前を明かしてしまい、告発を認めたパート従業員は検査当日に解雇されてしまった。
公益通報者保護法にもとづく「通報処理ガイドライン」は、国の行政機関に対し「通報者が特定されないよう十分に配慮しつつ」調査するよう求めている。S区の公益通報者保護法施行要綱にも「通報後個人を特定できる事項は、原則として公開しません」と明記されている。
報道が事実とすれば、検査官の行為はガイドライン違反だ。通報者が最も懸念するのは「自分が通報したことが知られ、職場で不利益な扱いを受けること」だが、それをそのままやってしまった。制度全体への信頼を根底から揺るがす愚行である。
事件に関する取材に、S区は「個人情報に関わるため答えられない」と回答したそうだが、そのちぐはぐな対応には思わず苦笑してしまう。検査官に軽率な言動をとらせてしまったS区の組織管理や職員教育のあり方も、厳しく問われるべきだ。
区長は事実関係を徹底的に調べ、関係者の処分や職員の再教育などの再発防止策を徹底し、他の行政機関もこの一件を他山の石として通報対応のあり方を見直して欲しい。