少し前になるが、AKB48のメンバーが登場するTVCMで「夢の直行直帰」というキャッチコピーが使われていた。外出先から業務報告をすませて、「そのまま合コンに行こう!」というわけだ。
報告のためだけに時間をかけて帰社するのは、確かに生産的ではない。一方で直行直帰の裏には、いろんなリスクが潜んでいる。重要書類を持ったまま飲みに行って酔っ払い、かばんごと書類をなくしてしまう事故はよく起きる。また、上司の目の届かないところで不正が起きやすくなるリスクもある。
ほとんど出社せずに偽装工作を繰り返す
先日も「直行直帰」が不正の機会をもたらしていた事件が発覚した。被害にあったのは大手システムインテグレータ100%出資の連結子会社で、オフィスのレイアウト設計・施工、ネットワーク工事などを提供するN社だ。
大阪支店の営業係長をしていたAが、2年8か月にわたって架空取引を繰り返していた。会社のカネに直接手を出したわけではないが、自分の営業成績を水増しして「できる営業マン」の地位とボーナスを不正に得ていたのだから同罪だ。
不正を繰り返すと、徐々にひずみが生じる。Aの行動にも、さまざまな不正の兆候が表れていた。
・Aは「直行直帰」を口実にほとんど出社せず、上司も黙認していた。その間、Aは自宅のパソコンで発注書や契約書などの偽装工作をせっせと繰り返していたようだ
・Aが取ってくる商談には、最初から書類がすべて整いすぎるほど整っていた。発注者や下請との交渉はすべてAが一人で進めたことになっていたが、これは現実的ではない
・N社全体の売上構成は、親会社がらみの案件が6割、直接取引が4割であったのに、大阪支店は直接取引が約8割と異常に高かった
また、N社には下請業者の資金繰りを支援するために工事代金を先払いする制度があるが、本社案件の先払い額が1社平均30万円であるのに対し、大阪支店の案件では平均130万円と突出していた。Aは、N社をだまして先払いさせた金額を使いまわして、架空取引を続けていたのだ
異常行動を誘発した「組織管理の甘さ」
支店の上司は、バリバリと成績を上げるAにはうるさいことを言えなかったのだろう。ただし、Aが取ってくる仕事の異常性に気づいた社員がおり、支店長に相談していたという。支店長は本社にも伝えていたが、大変残念なことに突き詰めたチェックは行われないままだった。
不正の真っ最中だった2011年11月には、親会社がN社の内部監査を実施している。しかし、監査の焦点は親会社とN社の取引に絞られ、グループ外との直接取引はN社内の監査にゆだねられていた。連結売上高に占めるN社の割合はわずか1~2%ということも影響したのかもしれない。
一方、N社の内部監査は、本社における取引は細かくチェックしていたが、大阪支店の取引には目を向けていなかった。特にAの架空取引は、先払い金の循環により売掛金の回収はきちんと行われていたために問題視されることはなかったようだ。
チェックの甘さを見透かしていたかのように、Aによる不正はエスカレートしていった。最後は、支払に関する取引先からの照会でN社がようやく異常に気づいたが、回収不能となった架空の売掛金など約10億円の損失処理をせまられることとなった。
不正対策の教科書に出てきそうなケース
調査報告書には、この事件はAの「個人的特性に起因するもの」であり、大阪支店の他の従業員が同じような不正を犯すとは考えられないと書かれている。確かに、ろくに出勤もせずに偽装を繰り返し、平気な顔をしてボーナスをもらい続けたAの倫理観、コンプライアンス意識の低さは特異なレベルだといえるだろう。
しかし、大阪支店、N社、さらには親会社における組織管理の甘さが、Aの不正を誘発してしまったのも事実である。営業成績の伸び悩みで追い詰められ、「ばれない」と思えば、誰でも数字をごまかす誘惑に駆られやすくなる。そして、恐る恐る最初の一歩を踏み出し、それがうまくいけば、あとはズルズルと続けてしまう。
「不正リスクと無縁な人間はいない」。この認識を新たにしないと、再発防止はままならない。できる営業マンが何から何まで一人で仕切っている取引。「取引先の顔が見えない」取引。小規模な子会社の地方支店での取引――。
Aが繰り返していた不正行為には、不正対策の教科書に出てきそうなおなじみのアラームが鳴り響いていた。同様のアラームが、自分の周りで静かに鳴り響いていないか。管理者は常に耳をすませ、目をこらす必要がある。(甘粕潔)