サラリーマンが読む「フジ三太郎」入門(2)
「サザエさん」と違うところは? へこたれず、したたかに生きる憎めないヤツ

「そんな人、いるよね」「あるある、そういうこと」

まな板の鯉(昭和47年4月15日)
まな板の鯉(昭和47年4月15日)

   主人公の三太郎自身も、どこにでもいそうなサラリーマン。したがって三太郎をはじめとする登場人物に、読者は容易に自分自身を重ねることが可能です。読み手とまさに等身大の登場人物で構成されているからです。

   漫画の主題は、家庭だけでなく会社や通勤途上のささいな出来事や見聞、社会問題など多彩です。「サザエさん」より幅が広がっています。そうした意味でも「フジ三太郎」はまさにあの時代の「普通の日本人」の様々な思いをつづったノンフィクション性の強い物語となっています。

   したがって登場人物の様々な姿や彼らが織り成すエピソードに、読者は自分や身近な人々を思い浮かべ、素直に感情移入することができます。「そんな人、いるよね」「あるある、そういうこと」というわけです。それが、「フジ三太郎」があの時代の普通の人々の生活ぶりや物の感じ方を象徴的に表現しているといわれるゆえんではないでしょうか。

   三太郎は「モーレツ社員」がもてはやされた時代に、どこか醒めていて超然としています。昇進の希望は捨ててはいませんが、そのためにじたばたすることは潔しとしません。会社人間はとかくしがらみや気遣いでくたびれ果ててしまいがちですが、三太郎には自由な精神があります。ときに竹林の七賢人のような達観したことをつぶやいたりします。

   そんな三太郎のへこたれない、したたかな生き方は、時代を超えて今のサラリーマンにとっても魅力がないはずはありません。まだ人々の心にそのような伸びやかさがあり、三太郎のような人間も「憎めないヤツ」とされていた――。そんな時代に今の私たちがほのかな郷愁を感じるのかもしれません。

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