中央省庁の官僚が、帰宅する深夜のタクシー内で酒やつまみの供与を受けていたと、国会で問題になったことがある。しかしその背景には深夜残業が常態化する勤務状況があり、原因のひとつに国会議員の質問通告の遅さがあったことは皮肉な話だ。
避けられない仕事で深夜残業しているのに、タクシー帰宅を「ぜいたくだ」と批判されたら頭にくるだろう。ある会社では、営業部の社員がタクシー代を精算するために上司に申告したところ、なぜか叱責を受けてしまったという。
社員反発「手取り15万。自腹で1万は痛すぎ」
――中堅商社の人事です。当社では特殊な商材を扱っており、年度末が繁忙期となります。その時期に残業が増えることは会社も理解しているので、サービス残業にならないよう労働時間管理をきちんとするようにしています。
そんな中、営業部のA君が相談に来ました。昨日、仕事をすべて済ませたところ予定の時間を大幅に超えてしまい、終電の時間を過ぎてしまったのだそうです。
そこでA君は郊外の自宅までタクシーで帰宅し、翌朝、上司に報告したところ、叱責されタクシー代の精算を拒否されてしまったと憤慨しています。
「課長は、『お前の仕事が遅くて終電を逃したのに、何で会社が追加コストを払わなきゃいけないの?』というんですよ。ひどい話ですよね、遊んでたわけじゃないのに。手取り15万の僕に、自腹で1万は痛すぎます。何とかなりませんか」
そこで課長に聞いたところ、確かにそのような発言をしたとのこと。そして「深夜の帰宅タクシー代は支払うべきではない」という持論を強く主張します。
「私はね、個々人の能力に合わせて仕事を割り振ってるんだ。タクシー代まで支払っていたら、経費がかかってしようがない。これが横行したらわざと終電まで残るやつも出てくるし、出さない原則でやらせてもらうからな」
ただ、残業のタテマエは会社命令なので、会社が帰宅の代替手段を考えなくていいものか、という疑問も湧きます。この場合、どう対処したらいいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
不支給の場合には仕事を終わらせなくても許容される
この職場では、終電後の残業の前例がなかったのでしょうか。通常は終電後のタクシー代は「支給されない」あるいは「精算可能」という暗黙のルールがあると思うのですが。もしかすると、上司がこれまでの前例をよしとしない人なのか、中途入社のA君が前職で当然だったルールが適用できると思い込んでいたのかもしれません。
深夜のタクシー代を支給するかしないかは、会社の判断でよいと思います。ただし、支給しないと決めた場合は、その人の仕事のスピードとは関係なく「終電までに仕事が終わらなくても仕方がない」と会社が許容することになります。それなのに「仕事を終わらせずに帰った」ことにペナルティを与えると、無効と訴えられるおそれがあります。仕事を終わらせてもらわなければ困るのであれば、会社がタクシー代を支給するか、事務所に宿泊場所を準備したり、ビジネスホテルへの宿泊を認めるなどの対応をすべきです。
臨床心理士・尾崎健一の視点
ルールを設けて運用すれば野放図にならない
例外的な行為をするときには、上司に報告、相談するのが原則でしょう。終電に間に合いそうにないことを上司に報告し、事前にタクシーで帰ることを了承してもらっていれば、こうはならなかったと思います。深夜に寝ている上司をたたき起こして許可をもらうのは気兼ねするかもしれませんが、仮に電話に出なかったとしても、それによって言い訳ができた気がします。
「終電前に帰るべき」「始発で来て続きをやればいい」という意見もありそうですが、システム障害などで緊急対応が必要になることはありえます。そういうときには、やはり担当者に対応してもらい、交通費は会社が出すのが当然でしょう。A君もきちんと仕事をしていたようですし、今回はタクシー代を出してあげてもいいのではないでしょうか。そのうえで、深夜タクシーで帰っていい場合を例示し、必要に応じて上司に報告するなどのルールを決めておけば、野放図になることはないと思います。