担当任せの「例外処理」の危険性 厳しいルールは自分の身を守る

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「ちょっとだけなら」が人生を狂わせる

   昨年の10月、仕入先からS社の管理部門に「冷凍マグロの代金が入金されていない」との連絡が入ったことで、不正が発覚。調査の結果、約5600万円の決算修正(損失処理)が必要となった。架空循環取引のような巧妙かつ悪質な不正はなく、Aが私腹を肥やしたという事実もないようである。しかし、上場企業にとっては株式市場の信頼を失う一大事だ。

   Aが数字をごまかした動機は、自分一人で担当していた冷凍マグロ取引で生じた損失を隠すためであった。背景には「会社に対する業績貢献の強いプレッシャー」があったようだ。親会社も「数値目標のみを追及したことが原因の一つ」として、組織風土の改善を行っていくとしている。

「一度真実から目を背け、そしてもう一度、さらにもう一度真実から目を背ければ、それでおしまいだ。いつの間にか底辺に行き着いている自分に気づく」

   これは米国の作家ジェーン・ハミルトンの言葉だ。Aもまさに同じような心境で、ずるずると堕ちていってしまったのではないか。「今回だけ」「そのうちになんとかなる」と自分に言い聞かせながら。

   実はこの件が発覚する1年以上前、Aが管理する在庫の帳簿上の数字と実際の残高が合わないことに営業事務担当者が気づき、後任の上司に改善を申し入れている。しかし上司は「加工するので形や重さが変わるが、トータルでは合っている」というAの説明を鵜呑みにし、不正発見の機会を逃してしまった。

   不正が見つかった時、Aは正直ホッとしたのではないだろうか。もちろん悪いのはAだが、リスクの高い加工取引を許し、しかも一人に任せきりにした会社の責任も重い。「ちょっとだけなら」が人生を狂わせる。厳しいルールは自分の身を守るためにあるということを改めて思い知らせてくれる事件だ。(甘粕潔)

甘粕潔(あまかす・きよし)
1965年生まれ。公認不正検査士(CFE)。地方銀行、リスク管理支援会社勤務を経て現職。企業倫理・不祥事防止に関する研修講師、コンプライアンス態勢強化支援等に従事。企業の社外監査役、コンプライアンス委員、大学院講師等も歴任。『よくわかる金融機関の不祥事件対策』(共著)、『企業不正対策ハンドブック-防止と発見』(共訳)ほか。
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