中小メーカーT社の営業マンFさんは、外回りの最中に息抜きのタバコを吸っている。顧客訪問の合間に一服し、気持ちを切り替えるのが長年の習慣だ。アポの空き時間に吸っているので「労働時間を削って喫煙しているわけではない」と胸を張っている。
先日、あるカラオケチェーンが「非喫煙者にボーナス3万円上乗せ」という施策を打ち出したと報じられた。目新しいものが好きなT社の社長は、すぐに飛びつき「うちでも同じことをするぞ!」と宣言したという。もちろんFさんは、これに反対するつもりだ。
禁止はNG。上乗せには選択の余地がある
「ボーナスって、利益配分の一種ですよね。会社の利益貢献に関係ない喫煙で、ボーナスの額を変えるなんて不当じゃないですか。客先にも行かない内勤が、タバコを吸わないだけで金額上乗せされて、汗水垂らしている僕らがもらえないなんて…」
言われてみると、Fさんにも理があるように思える。それでは法的にはどうなのか、弁護士法人アディーレ法律事務所の刈谷龍太弁護士(東京弁護士会所属)に話を聞いてみた。
「お気持ちはわかります。公共の場所で肩身の狭い思いをしているのに、会社のボーナス査定でも禁煙が評価されるなんて、たまりませんよね。でもこれ、法的には問題がないと判断される可能性が高いのです」
問題を整理するために、まずは逆のケースを考えてみよう。「喫煙をしたらボーナスをカットする」という施策は、罰則的な形でボーナスを減額することを意味する。極端に言うと特定の犯罪行為を禁止することと同じであり、禁煙を強制していることになる。
しかし、喫煙をすることの自由は憲法上の権利として保障されており、会社が理由なく禁煙を強要することはできない。というわけで「喫煙したらボーナスカット」という施策は打つことができない。
それでは、「非喫煙者にボーナスを上乗せする」という施策はどうだろう。これにより社員には2つの選択肢が提示される。「禁煙をしてボーナスを受け取るか」、あるいは「喫煙を継続して現状を維持するか」のいずれかだ。このように別の選択肢がある場合には、「禁煙を強要している」と言うことはできないのだという。
禁煙すれば「半年で10万円の得」になる?
刈谷弁護士によると、ポイントは「喫煙を継続しても現状に変化はない」点だという。
「現状に変化がなく、単に上乗せするボーナスであれば、評価項目が一つ増えるだけですから強制していることにはなりません」
評価項目は会社の専決事項であり、仕事以外の要素を入れても問題ない。とはいえ、仕事と無関係の要素を入れすぎれば、社員のモチベーションを下げるだろう。
刈谷氏は、法律問題とは関係ないと断ったうえで、「喫煙者は禁煙するメリットが非喫煙者より大きいと考えると、禁煙に踏み切りやすいのではないか」と提案する。半年間の禁煙によって、1日ひと箱440円×180日として7万9200円の節約となる。
「これにボーナス3万円を上乗せすると、禁煙の経済的メリットは半年で10万円を超えます。取り方によっては、喫煙者は禁煙者よりも大きなメリットを受け得る立場にあるということになるので、これを機に禁煙してみてはいかがでしょうか」
半年で10万円は小さくない。この計算を知ったらFさんも、社長の提案を受け入れる気になるのではないだろうか。