世の中には、2種類の人間がいるとよく言います。「本を読む人」と「本を読まない人」です。アニメやってます、というと普段本なんて読まないと思われがちですが、アニメのプロデューサーや演出家には読書家も多いのです。
「本を読む人」には忘れられない本が何冊かあるものですが、私の場合は高校時代に出会った3冊です。今でもときどき読みなおします。
その本のタイトルは、アメリカの実業家で作家のデール・カーネギーによるビジネス書『道は開ける』と『人を動かす』、作家で社会運動家の小田実さんの処女作『何でも見てやろう』です。
「人と話をすること」に時間をかけすぎということはない
高校の生徒会誌の編集委員をやることになったとき、当時大学1年生だった元生徒会長から渡された課題図書が、カーネギーの2冊のビジネス書でした。
今考えると、課題読書がビジネス書というのも変な生徒会ですが、その元生徒会長は県立高校で初めて生徒主導のイベントを成功させた人物で、カーネギー本がその成功の支えになったのだとか。それ以来、生徒会では必読書になっていたのでした。
「1分でも長く考えた人が最後に勝つ!」
というのが彼の口ぐせでしたが、達成したい目的があるなら人一倍時間をかけることが重要だ、1分でも長く考えろ、とよく言われました。
また、「人と話をすること」と「資料を読むこと」「企画を考えること」。この3つに関しては、いくら時間をかけてもかけすぎではないというのが持論でした。
そういうときには1日25時間あればいいのになあ、と思いますが、実は『道は開ける』には、「活動時間を一時間増やす方法」も書いてあるのです。それは、「短時間の休息をとること」です。
ちょっとした休憩をとると、いつも以上に仕事がはかどるということは、社会心理学の実験でも立証 されていますが、私も締め切りが立てこむときには短時間の昼寝をすることにしています。「1日は25時間ある」と思うと、気持ちのうえで余裕が生まれます。
「好奇心」が高じてカナダでアニメーターになる
もう一冊の本、『何でも見てやろう』は小田実さんという人が書いたノンフィクションです。同じ高校の先輩が交換留学生としてアメリカにいくときに、「これを読んだらどうしても海外に行きたくなったんだ。読んでみるといいよ」と教えてくれた本でした。
『何でも見てやろう』は文庫にもなっているので、読んだことがある人もいらっしゃるかもしれませんが、文字どおり「何でも見てやろう」と著者がアメリカ留学から帰る途中に、バックパッカーとして世界中を歩き回った体験記です。
高校卒業後、先輩の言葉は忘れていたのですが、今思えば、私が27歳でカナダで仕事をしてみようと思い立ったのも、「見れるものは何でも見てやろう」と思ったからでした。若いうちに北米のアニメ制作を、実際に自分の目で見て体験してみたかったのです。
カナダで仕事をすることになったとき、まっさきにスーツケースに入れたのもこの3冊でした。高校生のときにこの本に出会わなかったら、「人より長く考えること」や「短時間の休息で効率をあげること」もなく、「何でも見てやろう」と思うこともない仕事人生だったと思います。
人からすすめられた本が、私の場合は仕事の基本的な考え方になりました。この時期、新社会人の人は先輩から「読んでみるといいよ」と本を贈られることもあると思います。いい出会いがありますように願っています。(数井浩子)