日本人の死因の1位である「がん」。厚生労働省の人口動態統計によれば、がんなどの「悪性新生物」は、日本人の死因の約3割を占めているという。
がんは一般的に「不治の病」という深刻な印象をもたらし、患った人々の生活や就労を妨げる障害や偏見を生み出すこともある。これを少しでも減らし、がん経験者がより良く生きられる社会を作ろうという動きがある。これが「がんサバイバーシップ」という考え方だ。
告知を受けた人は誰もが「サバイバー」
「がんサバイバーシップ」という言葉からは、“がんを克服した生存者”というニュアンスも感じられるが、実際の使われ方は少し違うらしい。
がん経験者の就労・雇用支援を行なう桜井なおみさん(キャンサー・ソリューションズ代表取締役)は、
「治療の長さや克服したかどうかに関わらず、がんの告知を受けた人すべてが“がんサバイバー”です」
と語る。桜井さんも、がん経験者だ。
「がんサバイバー」という概念は、「がん経験者の生き方について考えたい」という当事者たちの思いを背景に、1986年にアメリカで生まれた。
生存率の向上や早期発見の方法、治療法の確立など、がんに対する医学的な研究は古くから進んできた。しかし、がんを宣告された人たちの抱える不安や社会復帰への手立て、食生活や性生活など、がんを患った後も“その人らしく生きる”ための社会研究や政策はあまり行われていなかった。
そこで、がん告知を受けた人やその家族、友人を「がんサバイバー」と位置付け、彼らがより自分らしく生きるための思想や研究を体系的に行っていこうという動きが起きた。これが「がんサバイバーシップ」と名付けられ、日本でも普及し始めている。
アメリカでは「がん患者に対する差別禁止」が法律に明記
がんサバイバーシップは、ただ声をあげるだけのものではなく、いかに当事者の声を聞き、社会システムや風潮を変えていくかが重要となる。たとえば、がん患者にとって最も重要なのは「がんの治療」だが、医療費負担も深刻な問題である。
2010年に一般社団法人CSRプロジェクトが行った調査によると、定期的な収入があった20~69歳の就労者の約7割が「がん罹患後に減収した」と回答。実際、約9%の患者は、収入減による「治療方法の変更・中止」を余儀なくされている。
がんを克服しても食事の量や内容を制限されたり、「重い物を持ってはいけない」などと生活に制約を受けるがんサバイバーは多数いる。すべてが元通りになるわけではないのだ。
「乳がん経験者は温泉やフィットネスに行きにくいなど、心理的な問題もあります。小児がんのサバイバーは発症年齢が幼い分、さらに厳しい現実があるのです」(桜井さん)
こうした多様な悩みを拾い上げ、より生きやすくするために具体的な研究を行い、打開策を提示していくことが、がんサバイバーシップの主たる意義といえる。
がんサバイバーシップ発祥の地であるアメリカでは、がん患者に対する差別の禁止や、就労関係のフォローが法律に明記されている。日本でもこのような動きが広まり、病気を経験した人が自分らしく生きられる社会を作っていくべきだろう。(有井太郎)