「ちょっとこのカット手伝って」
「ここのシーン、誰もやってくれないんだけどやってくれる?」
アニメ制作スタッフには「原画」といわれる、画面を構成し、動きのキーポイントとなる画を描き起こす作画スタッフがいます。「原画」は打ち合わせのときに、演出や制作スタッフと相談して、担当するカット数を決めます。
「原画」のスケジュールは、基本的には1ヵ月前後。演技が複雑で手間のかかる面倒なカットは当然時間がかかります。30分のテレビアニメでおよそ300カットもあるので、だれもやりたがらないカットが最後まで残ってしまうこともあります。
「重いカット」が新人アニメーターに回ってくることも
最後まで残りがちなカットは、「アクションシーン」や「食事シーン」「モブ(群集)シーン」「尺の長いカット」などで、作画の負担が大きいので「重いカット」とよばれています。いずれも見せ場となるハイライト・シーンですが、アニメーターにとっては大変です。
アクションシーンの作画では、ほんの数秒で終わるカットも原画のみで作画することが多く、日常シーンのカットよりも原画をたくさん描く必要があります。モブシーンの作画は、「その他大勢」のキャラクターデザインもアニメーターにおまかせになることがあります。
尺の長いカットは文字どおり長回しのカットで、平均的な長さのカットにくらべると、当然原画をたくさん描かなければなりません。カット内の「どこで」「いつ」「だれを」「どのように」演技させるかを計算するのは根気のいる作業です。
食事シーンに至っては、面倒で大変なのに労力が報われにくい。「食べものを口に運んで食べる」という何気ない演技ほど、実は作画の難易度が高いのです。
そういうわけで、手間と時間がかかる「重いカット」は最後まで残り、だれもやりたがりません。しかし、「残りモノには福がある」というように、困った制作スタッフから最後の最後に振られるこの手の仕事の中には、仕事のスキルを上げるチャンスが隠されています。
たとえば、原画になって2年目のとき、当時いたスタジオでは『タッチ』を制作していたのですが、新人の私に南ちゃんの新体操カットがまわってくることがありました。
新体操カットは手具の動きも同時に考えなければならない「重いカット」だったので、先輩が遠慮しあった結果、スタジオにはやりたい人がいなかったからです。
全力を尽くす経験が飛躍へのターニングポイントに
毎回、悩みもがきながらも一心不乱に新体操シーンと取り組んでいました。するとある日、『タッチ』の新オープニングで、その新体操カットがつかわれていました。
その後、魔法少女モノで変身シーンを担当したときには、新体操リボンの演技にヒントを得て、南ちゃんのダンスの動きを応用しました。
そうこうしているうちに、制作スタッフに「彼女は大変なカットが好きらしいよ」と思われたらしく、あるとき、20秒弱の「長尺のカット」を頼まれたことがありました。
それはテレビアニメ『彼氏彼女の事情』のオープニングのラストカットでしたが、さすがにやってもやっても終わらず、上がったときにはかなり達成感がありました。このときのカメラワークは演出になってから役に立っています。
ベストセラーを連発している知り合いの編集者は、新人のころ「たまたま上司から振られた仕事」を「自分の仕事」にすべく全力を尽くしてきたことが、プロとしての仕事力が飛躍するターニングポイントだったといいます。
このように「残りモノ」や「やらされ仕事」には仕事力を高めるチャンスがあります。もし今度、「だれかから振られた仕事」が来たら、「自分の仕事」を高めるジャンピングボードだと思って、思いっきり踏みこんでみることは大事だと思います。(数井浩子)