以前、自信を持てない社長が、おとなしく従順な人ばかり採用してしまう「イエスマン採用症候群」について紹介しました。先代社長へのコンプレックスが表れた一例でしたが、今回は別のパターンのコンプレックスを紹介しましょう。
銀行員時代に、取引先を集めた立食懇親会に出席したときのこと。精密機械製造の中小企業Z社の専務と話をする機会がありました。Z社の業績は堅調ではあるものの、ここ数年横ばいが続いています。専務はその原因について、こんなことをぼやいていました。
「うちの社長、相変わらずトップ営業に熱心なのはありがたいんですが、どうも社員が伸び悩んでいましてね。ここだけの話、原因は社長にあるんじゃないかと思っているんですよ」
「社長営業なんだから自分より取れて当たり前」
技術者の先代が創業したZ社では、その息子が若いころから営業部長を務めていました。先代が亡くなって経営を引き継いだ息子は、社長になってからも取引先に出向き、第一線で働いています。
専務によると、その社長が数か月前から「社員たちにハッパをかけてやる」と言って、営業部の棒グラフに自分の名前を入れ始めたのだとか。そして、当然ながら1位を独走しているのだそうです。
「社長は『俺に負けてどうする!』と猛烈にハッパをかけているけど、社員たちは『社長営業なんだから自分より取れて当たり前』とシラケ気味でしてね。大関さんからも何か言ってもらえませんか」
確かに以前から社長は、「この会社は営業が弱い。俺がやらなきゃ、まだまだ会社は成り立たんからな」と愚痴を言ってはいましたが…。「俺がこの会社でナンバーワン営業だ!」と自慢する社長はよくいるものの、さすがにここまでやる人は見たことがありません。
これは放っておいてはまずいと感じた私は、翌週に会社を尋ねました。開口一番、社長はこう切り出しました。
「グラフ見たかい? また今月もオレがトップだ。いつも言っている『うちの社員の営業力が弱い』っていう話、よく分かるだろ? 先代は自分に技術開発力があることを社員に見せて、技術者のレベルアップを図ってきた。今度はオレが営業で同じことをやろうと思うんだよ」
「社員に『盗む機会』を与えてあげてもいいころでは?」
この話を聞いて、ああ、この社長も先代へのコンプレックスがあるのだなと思いました。代替わりして2年。先代のような技術力がない自分が、製造業のトップとして技術者にバカにされたくないと感じ、営業力を誇示して存在感を主張しようとしたのではないかと。
私は当時銀行員でしたので、コンサルタントのように核心をつきすぎてもまずいと思い、こんな提案を遠回しにすることが精一杯でした。
「先代は有能な技術者を何人も育てて、業界では“Z社学校”と言われていたそうです。職人は『技術は盗むものだ』とよく言いますが、営業でもそれができるといいですよね。社長も社員に、盗む機会を与えてあげてもいいころじゃないですか?」
社長は、なるほどという表情をして、「いや、オヤジは教え上手じゃなかったと思うよ。口下手だったしね。でも、あれだけの技術者が育ったんだから大したものだ」と答えました。
3か月ほどして専務が銀行に来たとき、「社長の仕事振りが変わってきた」と教えてくれました。棒グラフに名前を入れるのをやめ、「俺の実績をみんなに振り分けてやる」と言って、自分の訪問先に社員たちを同行させるようになったのだそうです。
勘のいい経営者は、ちょっとしたヒントをすぐに取り入れて方向修正し、会社をあるべき方向に導いていってくれるものだなと、感心したものです。Z社はその後の不況下でも、受注を伸ばして業績順調のようです。(大関暁夫)