「社員に『盗む機会』を与えてあげてもいいころでは?」
この話を聞いて、ああ、この社長も先代へのコンプレックスがあるのだなと思いました。代替わりして2年。先代のような技術力がない自分が、製造業のトップとして技術者にバカにされたくないと感じ、営業力を誇示して存在感を主張しようとしたのではないかと。
私は当時銀行員でしたので、コンサルタントのように核心をつきすぎてもまずいと思い、こんな提案を遠回しにすることが精一杯でした。
「先代は有能な技術者を何人も育てて、業界では“Z社学校”と言われていたそうです。職人は『技術は盗むものだ』とよく言いますが、営業でもそれができるといいですよね。社長も社員に、盗む機会を与えてあげてもいいころじゃないですか?」
社長は、なるほどという表情をして、「いや、オヤジは教え上手じゃなかったと思うよ。口下手だったしね。でも、あれだけの技術者が育ったんだから大したものだ」と答えました。
3か月ほどして専務が銀行に来たとき、「社長の仕事振りが変わってきた」と教えてくれました。棒グラフに名前を入れるのをやめ、「俺の実績をみんなに振り分けてやる」と言って、自分の訪問先に社員たちを同行させるようになったのだそうです。
勘のいい経営者は、ちょっとしたヒントをすぐに取り入れて方向修正し、会社をあるべき方向に導いていってくれるものだなと、感心したものです。Z社はその後の不況下でも、受注を伸ばして業績順調のようです。(大関暁夫)