高卒で就職後、がむしゃらに働き、30代半ばで独立して機械商社を立ち上げたS社長。彼とは10年来のつき合いです。会社の業績は順調、社内の風通しも悪くないのですが、このところ会うたびに社長の愚痴が増えています。
「会社の受注成果は、元々は俺がもらってきた仕事ばかり。拡大営業は今でも俺の仕事だけど、いつまでもそれでいいわけないよな。とにかく後継を育てなくちゃと、最近は俺のやり方を社員に伝授し始めたんだが、彼らは言った通りにやらないんだ。本当に怠け者ばっかりで、ほとほと疲れるよ」
自信を支えた「学歴はないが身体を張ってきた」という自負
社長のたゆまぬ営業活動で、取引先を増やし、取引を太くしてきたS社。昔からとにかくココを攻めると決めたら、徹底的に訪問してきました。
顔を売って仲良くなって、相手が何か相談したい時に必ずその場にいるというのが勝ちパターン。学歴もない自分が身体を使って実績を上げてきた、という自負があります。
「よその会社じゃ『もっと頭を使え』って言うらしいけど、うちじゃそんな理不尽なことは言わない。自分の経験を話し、『学のない俺にできたことはお前にもできるんだから、とにかくやってみろ』と指導しているだけなんだよ」
話を聞いて、社員が動かないのには何か理由がありそうだと、職業的興味がふつふつと湧いてきました。そこで、期末の打ち上げに顔を出した帰路、電車の中で営業のT部長にワンカップをご馳走しながら、この話を振ってみました。すると部長の顔色が一気に曇りました。
「あー、それね…。いやぁ、困っているところなんですよ。結局のところ、みんなが自信喪失状態なのが分かってもらえないと言うか……」
T部長は「社長には絶対内緒」を条件に、口を開いてくれました。社長は自分がやってきたやり方に自信を持ちすぎて、そのとおりにやれば失敗はあり得ないと思っているのだそうです。
そのうえ社長はせっかちで、結果を急かされた社員は顧客に嫌がられて成約を逃したうえに、社長から「俺にでもできることすらできていない」と叱責され、自信を喪失している――。社長の知らないところで、こんなムードが広がっていたようです。