新年度を直前に控え、会社が入社予定者に内定取消しをするケースが散見される。2008年ころから比べると大幅に減っているものの、完全にはなくなっていないようだ。
ある会社では、学生が原因で入社日から出勤できなくなったため、内定取消しをしようと検討しているが、出身校や地域との関係から、できれば穏便に済ませたいと頭を抱えている。
後遺症のおそれ高いが、学校や地域との関係もある
――精密機器メーカーの人事です。採用目標をクリアし、新人受け入れの準備をしているところです。ところが先日、製造職で採用したA君から「入社式に間に合わなくなった」と連絡がありました。
事情を聞くと、自宅近くで交通事故に遭ってしまい、現在入院中とのこと。お見舞いをかねて病院に行くと、手の神経にも影響があるらしく、しばらく入院したりリハビリが必要だったりするとのことです。
主治医に話を聞くと、事故の後遺症が残るおそれが高く、「日常生活にはあまり支障はない程度だが、細かい作業には影響が出るのではないか」と言います。とりあえず春からの製造ラインには、第二新卒を急きょ補充することにしました。
ひとつ気になるのは、A君の出身校から、かれこれ20年近く人材を受け入れていること。ケガから快復しなければ製造ラインには入れず、事務職にも空きがありません。とはいえ、ここで「内定取消し」にすれば、学校とのパイプにヒビが入るおそれがあります。
以前、別のメーカーが「業績不調」を理由に内定取消しを行ったところ、学校側が「そんな信用できない会社にウチの卒業生はもう行かせない!」と怒り、次年度から学生に紹介の便宜を図ってくれなくなったということがありました。
また、その噂が広まったために、取引をやめた地域の会社もあったと聞きます。そういう騒ぎにならないよう何とか穏当に収めたいのですが、こういうときはどういう対処方法があるものなのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
内定取消しは原則可能。新たな職場探しに協力しては
雇用契約書の入社日から期待される労務提供ができない場合、会社が内定取消しをしても原則として問題ありません。ただし、入社日から数か月程度で就労できる見込みがあり、そのことを事前に会社に連絡しているような場合には、内定取消しは不当という訴えを起こされるリスクもあるので注意が必要です。
同じ内定取消しでも、業績悪化によるキャンセルと、今回のような事情ではだいぶ理由が違うように思えますが、地域によっては世間体もあるのでしょう。だからといって、いまのような状況で4月1日からA君を入社させても、やる仕事がなければ彼の居場所も確保しにくいと思われます。「自社で受け入れ先がない」のが明確なら、無理をせず内定取消しを行い、新たな職場探しに会社として協力すれば、A君も学校も理解を示してくれるでしょう。後遺症があっても働ける職場が見つかれば、退院次第働くこともできますし、A君も感謝してくれるのではないかと思います。
臨床心理士・尾崎健一の視点
とりあえず入社し、障害者雇用枠の利用も考えられる
入社日直前に内定取消しを行うと、次の就職先が決まるまでに履歴書に空白が生じてしまう可能性があります。転職の際にそのような状況を嫌う企業もあるので、ここは4月1日に予定どおり入社させ、「退院後、後遺症の状況を見極めてから本人の意向も含めて判断する」という覚書を交わしておくことも考えられます。当面は見習い期間中に休職で無給ということでいいのではないでしょうか。とりあえず「内定取消し」という処分にはならないので、学校側からの反発も避けられそうです。
万一後遺症が大きく、障害者のいずれかの等級に相当する場合には「障害者雇用」という枠組みが適用できるかもしれません。平成25年4月1日から障害者の法定雇用率が2.0%に引き上げられることもあり、企業の社会的責任を果たすためにも有効といえます。障害者を雇用すると助成金が出たり、個別に最低賃金の減額の特例が認められたりしますので、所轄の労働基準監督署に相談することをお勧めします。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。