特定顧客と太いパイプを持ち、バリバリと営業成績を上げている。若干強引な仕事ぶりが目立つものの、実績があるので周囲は口を挟むことができず、その人の担当先は「○○さん案件」となって聖域化していく――。あなたの会社に、こんな社員はいないだろうか?
このような社員は、会社にとって余人をもって代えがたい貴重な「人財」である一方で、陰ではやりたい放題に会社を食い物にする「人罪」になってしまうリスクをはらんでいることに注意が必要だ。
横領発覚後も「功績を考慮して」と悪びれず
余人をもって代えがたい人材は、悪い意味でも企業のアキレス腱になりうる。その典型例といえる不正の調査報告書が公表された。被害に遭ったのは、ネットワーク関連の総合サービスを提供する上場企業。主犯格は同社の本部長クラスであったAである。
Aは、B銀行のシステム部門を経て2000年に入社。前職をはじめとする金融機関のシステム関連の営業で頭角を現し、部長、本部長と昇進を重ねた。
しかしその裏では、醜い不正が行われていた。Aは、旧知の仲であったB銀行システム部門の後輩Cや、B銀行へのシステムベンダーの社員Dと共謀。B銀行から受注したシステム案件の一部を、Dが実質的に支配するE社に外注したように偽装して、会社からE社に支払わせた外注費を億単位で詐取し、山分けしていた。
Aは、転勤してB銀行の営業ラインから外れたあとも引き続き関連案件を仕切り、内部監査や国税調査にもすべてAが対応していた。発覚を恐れる横領犯に典型的な行動である。いわゆる「Aさん案件」として周囲も口を出せなかったのかもしれないが、これを許した会社の責任も厳しく問われている。
調査委員会に対してAは「処分にあたっては、これまでの会社に対する私の功績を考慮してほしい。私は多額の受注、売上、利益で会社を十分儲けさせてきた」と悪びれる様子もなく語ったようだ。
億単位のカネをだまし取りながら、ここまで正当化するとは呆れたものだ。偏見かもしれないが、Aは再犯の恐れが高いのではないか。いずれ逮捕され氏名が報道されたら、同業他社はそれをしっかりと記録し、自衛すべきだろう。
不正に感づきながら内部通報をためらった部下
この事件には外部に共謀者がおり、単独犯よりも発見が難しいのは事実だ。しかし、不正を発見する手掛かりはなかったわけではない。
発注先E社には業務の実体がなく、納入物もAがでっちあげていた。さらに、E社からの見積書は、億単位の受注額にもかかわらず「○○コンサルティング一式」などわずか数行で終わっていた。「一式」は不正請求の常套句である。
実際、これらの兆候に気づいていた者が社内にいた。Aの指示を受けてCやDとやり取りをしていた部下は、こう不審に思っていたという。
「E社の社員ではないDが、なぜ見積りの連絡をしてくるのか」
「B銀行のCが、なぜE社への支払いを気にするのか」
E社への発注額も高すぎたため「E社からAやDにカネが流れている」と感づいていたが、実力者であり自分を昇進させてくれたAへの遠慮や恐れから、上司や会社に知らせることはなかった。
内部監査も、もう一歩のところまでAを追い詰めていた。E社への支払が異常に多いと察知し、発注明細や納入物の確認を試みたが、監査に入ることを支店に事前に通知したためAに隠ぺい工作の時間を与えてしまい、最後はAに強引に押し切られて尻すぼみになってしまった。不正チェックの監査は、抜き打ちで行うべきだった。
このように、会社全体として不正リスクへの感度は低いわけではなかったようだ。調査報告書も「社員の大多数は真面目である」ことを強調している。だからこそ、不正が見過ごされ、一人の不届き者が企業イメージに悪影響を与えてしまったのは非常に残念である。
社内で「余人をもって代えがたい」人物であっても、健全な疑いを持ってチェックを怠ってはならない。異常がすぐに報告される環境づくりも欠かせない。(甘粕潔)