不正に感づきながら内部通報をためらった部下
この事件には外部に共謀者がおり、単独犯よりも発見が難しいのは事実だ。しかし、不正を発見する手掛かりはなかったわけではない。
発注先E社には業務の実体がなく、納入物もAがでっちあげていた。さらに、E社からの見積書は、億単位の受注額にもかかわらず「○○コンサルティング一式」などわずか数行で終わっていた。「一式」は不正請求の常套句である。
実際、これらの兆候に気づいていた者が社内にいた。Aの指示を受けてCやDとやり取りをしていた部下は、こう不審に思っていたという。
「E社の社員ではないDが、なぜ見積りの連絡をしてくるのか」
「B銀行のCが、なぜE社への支払いを気にするのか」
E社への発注額も高すぎたため「E社からAやDにカネが流れている」と感づいていたが、実力者であり自分を昇進させてくれたAへの遠慮や恐れから、上司や会社に知らせることはなかった。
内部監査も、もう一歩のところまでAを追い詰めていた。E社への支払が異常に多いと察知し、発注明細や納入物の確認を試みたが、監査に入ることを支店に事前に通知したためAに隠ぺい工作の時間を与えてしまい、最後はAに強引に押し切られて尻すぼみになってしまった。不正チェックの監査は、抜き打ちで行うべきだった。
このように、会社全体として不正リスクへの感度は低いわけではなかったようだ。調査報告書も「社員の大多数は真面目である」ことを強調している。だからこそ、不正が見過ごされ、一人の不届き者が企業イメージに悪影響を与えてしまったのは非常に残念である。
社内で「余人をもって代えがたい」人物であっても、健全な疑いを持ってチェックを怠ってはならない。異常がすぐに報告される環境づくりも欠かせない。(甘粕潔)