「アニメーターになりたいんです。好きなアニメの仕事をやりたいんです」
就職時期になると、アニメ業界志望の学生さんが相談に来ることがあります。私も高校生のときに、タツノコ研究所にいた先輩に同じことを言いに行きました。
先輩の答えは「やめときなさい。どうしてもやりたければ大学卒業後にまた来なさい」だったのですが、ダメモトで近所のアニメスタジオに「アルバイトって雇っていますか」と問い合わせ、運よく試験に受かり、そのまま短大に通いながらアニメーターになってしまいました。
あれから30年、ずっとアニメの仕事をしていますが、仕事が好きだから30年も続いたのかといえば、そうだったのかも知れません。しかし振り返ってみると、そんな単純なコトでもなかったような気もします。
「燃え尽き症候群」で清掃のバイトをしていたことも
実は「好きなことを仕事にする」ことは簡単です。簡単というと語弊がありますが、待遇などを度外視すれば、とりあえず関わらせてもらうことが多いものです。
問題は、そのあとです。「好きだけど、もう続けられないよ」と言って辞めた同僚もたくさん見てきました。そのたびに、「内的要因」と「外的要因」の2つが揃わないと、好きな仕事を続けることは難しいのだと思いました。
内的要因とは、情熱のこと。「それなら大丈夫。私、アニメ大好きだから」と胸を張って始めたとしても、いざ自分が携わる仕事になったときには、自分の向き不向きも含めて、いろんなことで情熱が左右されてしまうものです。
それに、人間は意外と飽きっぽいモノ。「情熱を持ち続ける」のも結構大変なことで、どんなプロでも一度や二度は「もうやめようかな」と思うものです。
私も「もうやめよう」と思ったことが三度あります。燃えつき症候群とでもいうのか、もうやる気が出なくなってしまったのです。仕事を辞めて、清掃のアルバイトをしていた時期もあったりします。
外的要因とは「続けられる環境」のことです。必要な収入が得られるかということもあるし、労働時間や通勤の制約もあります。親の介護が必要になって「もうこれでアニメの仕事はできなくなるんだろうなあ」と覚悟をしたこともありました。
そんなときに限って、以前一緒に仕事をした人から「ちょっと手伝って」と声をかけてもらい、なんとか辞めずに現在に至ります。今思えば、好きな仕事が長く続けられたのは「運」とか「縁」とかの要素が大きかったのではないかと思ったりします。
「好きではないけど楽にできる」コツがある
私が30年もアニメをやっていると言うと、OLの友人は「よく飽きないね」といいますが、実はアニメと言っても日々同じ仕事をしているわけではありません。作画やデザインをすることもあるし、コンテを切っていることもある。ときには新企画のお手伝いをすることもあります。
私にとって、すべてが得意なことでもないし、すべてが好きともいえません。しかし、そういったさまざまな仕事に携わることで、新鮮な気持ちで仕事に向かえるという恵まれた環境にあるといえるのかもしれません。
ちょっと疲れ気味のときには「得意な仕事」で仕事に勢いをつけたり、「好きな仕事」をすることでかえって疲れが飛んだりすることもあります。経験を積むことで、「不得意でやりたくない仕事」が「好きではないけど楽にできる仕事」に変わることも、新しい自分を発見するような楽しい体験です。
「好きではないけど楽にできる」ようになるコツは、だれよりもそれに時間を費やしてみることです。米ボーイング社の理念に「航空学の世界に寝食を忘れて没頭する」というものがあるそうですが、プロで長く仕事をしている人で、いちども仕事に没頭した時期のない人は不思議といません。
「仕事だけが人生じゃない」というのは、その通りだと思いますが、若いころにいちど仕事に没頭することで、「仕事って面白いもんだな」という経験を得られるのは幸いなことだと思います。(数井浩子)