クルマを買うとき、試しに乗ってみない人は稀だ。高価な買い物は失敗したくないし、実際に乗ってみれば自信をもって「これだ!」と決断できる。もちろん「思っていたのと違う」と思えば、別のクルマも試すことができる。
試着に試食、試飲ができるなら、「試しに就職」ができないものか…。そんな発想から「試職(ししょく)」というしくみを取り込む会社が現れている。この手法が2013年のトレンドになると指摘しているのはリクルートだ。せっかく入社した新入社員が「不適応」を起こして退職するケースを減らす方策として期待されている。
現場の仕事を見せることで「採用数が前年比1.4倍」
有料老人ホームを運営するベネッセスタイルケアでは、採用プロセスの中に「試職」を取り込んでいる。書類選考を通過した学生に対し、面接前の「体験型説明会」を実施。職場となる施設におもむき、社員とともに実際の仕事の一部を体験する。
この取組みにより、採用数は前年比で1.4倍を達成。全内定者に占める福祉系以外の専攻学生が8割にまで上昇したという。
老人福祉施設における仕事は、福祉系を専攻した学生であれば比較的容易にイメージできる。しかし、それ以外の学生は目にしたことのない人が大部分だ。
そこで、実際の仕事を体感する機会を設けることで、仕事の魅力や大変さ、自分の適性に合っているかどうかを確認できる。ある私大文学部の女子学生は、「試職」の効果を次のように語っている。
「体感型説明会に参加したとき、自分がいきいきと働いている姿を想像できた。私の目指す道が見えた気がした」
就職難、就職難ということが盛んに言われる中、学生はついつい内定獲得をゴールと捉えてしまいがちだ。当然「業界研究」「会社研究」も弱くなる。「どこでもいいから採用して」と応募し、仕事が自分に合っているかどうかよく考えないまま、最終選考を通過してしまうケースもある。
その結果、入社間もなく「こんなはずではなかった」と不適応を起こし、ストレスで心身の調子を崩したり、試用期間中に早々に退職したりすることもあるようだ。入社をあてにして採用コストや教育コストをかけてきた会社にとっても、大きなショックとなるだろう。
実習参加者が「面接辞退」しても会社は気にしない
雇用のミスマッチを回避するため、欧米では学生が「インターンシップ」を経て入社することが広く行われている。入社を前提として数か月にわたって職場の一員として実務を手伝い、仕事が自分の適性にあっているかどうか確認できる。企業側も学生の働く能力を確認できるので、ミスマッチが起こりにくい。
しかし日本では経団連の「倫理憲章」により、インターンシップを採用選考活動と切り分けて行うことが求められている。青田買い防止の目的とはいえ、ミスマッチを回避できる機会を設けられないのは残念だ。
しかし就活解禁後に、採用活動の一環として「試職」をすることは、なんら制限されていない。むしろ仕事の内容を全く知らない学生が、何もかも会社任せで入社してくること自体、問題あるやり方ではなかったか。
ただし、クルマの試乗と同様に、「試職」をすれば「やっぱりやめた」と言い出す学生が出るのは当然。農業法人の日野洋蘭園は、書類選考と最終面接の間に「仕事実習」を行っているが、実習参加者から面接を辞退する学生が現れたという。「仕事を体験してみて、イメージした仕事と違った」というのが理由だ。
しかし、会社としては辞退者が出たことを問題視していない。すでに入社した社員からは「(実習で)仕事の流れを理解して入社したので、1年経っても(事前期待との)ギャップはない」という声も上がっている。仕事を十分理解して入社すれば、社員も会社もハッピーになるということだろう。