「タテマエとホンネ」は通用しなくなった
確かに、私が入った30年近く前の銀行では、こう教え込まれたものです。
「取引先の決算書は、表向きの数字。実態は社長の腹の中だから、そこをよく把握すること」
当時は決算書には現れない経営者のやり口も勘案して、取引姿勢を決めていたのが一般的でした。J社社長が言うように、役員報酬を含む節税目的での種々の取り組みもあれば、影の内部留保などもあるでしょう。
しかし、そんな銀行のやり方は90年代の金融危機以降一変したのです。金融庁の設立と同時に、銀行が自己責任で債権管理をおこなう「自己査定」に時代に移行し、「決算書は節税目的で赤字だけど、実態は黒字」というグレーな判断は通用しにくくなりました。
新人担当者への教育も「腹の中を探ること」より、「書類を確認してルールに沿って処理すること」が重視されるようになっています。
すなわち金融庁の指導の下、各銀行のルールとして、赤字決算ならば査定により債権の格付けが下がって、貸出金利が上昇し追加担保を要求され、追加融資が借りにくくなるよう変わりました。タテマエとホンネの二重構造は通用しなくなったということなのです。
担保についても、J社の場合、赤字決算の一因となる資金の流失先が社長一族への役員報酬であったがために、「そこまで会社の決算に関与しているのなら、役員個人名義の不動産担保を提供せよ」という要求であったと考えられます。