「予想どおりに不合理」で有名な行動経済学の第一人者、ダン・アリエリー氏の近著「ずる――嘘とごまかしの行動経済学」を読んだ。この本でアリエリー氏は、人が不正をするかどうかを判断するとき、自分にとってのリターンがリスクを上回れば躊躇なく行うという合理的なモデルを否定している。
そして、人は「正直な自分」というイメージを保ちつつ、「ちょっとだけずるをして利益を得たい」という二つの矛盾する欲求の絶妙なバランスを維持しようとする「不合理な正当化のプロセス」によって行動を決めていると指摘する。そして、様々な実験を通じて、人はなぜ不正を正当化してしまうのか、どうすれば正直な行動を促せるのかを研究している。
「見られている」と思わせるだけでずるを減らせる
例えば、こんな実験が紹介されている。舞台はニューカッスル大学心理学部。実験者は、教職員が紅茶やコーヒーを自由に作れるようになっているキッチンに、「飲み物をつくる人は近くの『正直箱』に代金を入れてください」と大きな貼り紙を掲げた。
10週間の実験期間のうち、最初の5週間は貼り紙の横に花の写真を貼り、残りの5週間は、別の写真を貼っておいた。すると、後半に箱の中に入れられた金額は、前半の3倍に跳ね上がったそうだ。さて、「別の写真」とはいったい何だったか?
正解は、飲み物をつくる人を「じっと見つめる目の写真」である。
アリエリー氏は、この実験から「ただ監視されているような感覚をもたせるだけで、より正直な行動を促せることがわかった」と結論づけている。見られているという緊張感を高めることが、不正の抑止力を高めるということだ。
日本でも、歌舞伎の隈取をした鋭い目をデザインした「誰かが見てるぞ」という防犯ポスターを街中でよく見かけるが、それも同様の効果を狙ったものだろう。実際にどれだけの効果があるのか興味深い。
こんな実験も紹介されている。協力者は、1.05、7.32のような数字が12個並んだ問題用紙を20セット渡される。そして、5分間で「足して10になる少数の組み合わせ」をできるだけ多く見つけるという課題に取組み、正答数に応じて報酬がもらえる。
最初の実験で主催者が厳正に採点した結果、平均正答数は20問中4問だった。しかし二回目の実験で、終了後に解答用紙をシュレッダーにかけ、正答数を自己申告する方法に変えたところ、平均正答数は4問から6問に増えた。バレないと思うと人はずるをしやすくなるということだが、さすがに「20問正解」と申告する人はない。「正直な自分」のイメージが崩れるからだ。