以前、横領の3大動機のひとつに「会社への恨み」があると書いたが、これは稀なケースと油断すべきではない。件数は「遊ぶカネ欲しさ」に及ばないかもしれない。しかし、自分が利益を受けるだけでなく、恨みの対象である会社に損害を与えることもできるため、不正を正当化しやすく、横領が多額にのぼる場合も多いのだ。
急成長企業として時代の寵児となりながら、その後は粉飾決算が発覚して21世紀初頭の「米国における企業不正」の代名詞まで転落したエンロンとワールドコム。そのワールドコムでも、会社に対する恨みを背景とした不正が行われていた。
無理な命令をして多額の報酬をもらう上司に不信感
同社で債権回収のマネージャーをしていたウォルト・パブロは、支払いが滞った業者から1ドルでも多く回収するために早朝から深夜まで誰よりも勤勉に働き、全米を飛び回っていた。
しかし、景気が低迷して不良債権は増える一方。株価の下落を気にする経営陣からは、「これ以上は絶対に不良債権を増やすな!」と無理な至上命令が下る。
彼は仕方なく、上司のお墨付きを得て禁断の不良債権隠しに関与し始める。A社から回収した資金を長期延滞中のB社の回収金に流用したり、請求書の日付を書き換えて延滞期間を短く偽装したりと、涙ぐましい努力を続けた。
しかし、ふと我に返ると、実際に帳簿に手を加えているのは自分だけ。パブロは徐々に不安になり始める。
「もしこれが発覚したら、自分だけに責任がなすりつけられるのではないか」
上司は自分の何倍もの報酬を得ながら、いざというときは知らぬ存ぜぬなのか…。そんなことは許せない、割に合わない、という不安にさいなまれるようになった。
そんな中、仕事上の知り合いがパブロに入れ知恵をする。回収した債権を会社に入金せず、二人で山分けしようというのだ。「どうせ、いつかは償却される債権だ。誰も気づきはしないさ!」
それを聞いた彼の心の中には、次のような思いが沸々とわき上がった。「今まで債権回収に走りまわり、粉飾にも加担させられた。上司は指示を出すだけで自分の何倍も高額の報酬をもらっている。よし、自分の取り分は自分で稼ごう」
「会社には貸しがある」という気持ちが正当化を後押し
パブロは誘惑に負け、奈落の底へと転落し始める。結局、内部監査で横領が発覚し、彼は2年以上獄中生活を送ることに。仕事を失い、妻とは離婚。二人の愛する子供とも離れ離れになった。
刑期を終えたパブロは、自分の経験を活かして、ビジネススクールの学生や経営者たちに、不正の愚かさ、倫理の重要性を説くセミナー講師として活躍している。あるインタビューの中で、横領に手を染める直前に「会社への強い復讐心」を感じ、それが横領の動機となったと語っている。
FBIなどが開発した「eメールの文面から不正の兆候を検知するソフト」には、「Cover up(隠す、ごまかす)」「Write off(帳簿から抹消する、損金処理する)」「Nobody will find out(誰にも見つからない)」といった「疑わしい表現」がプログラムされている。
その中に、「They owe it to me.」(ヤツらには貸しがある)といった表現も含まれるという。おそらく「ヤツら」として標的になりやすいのは、上司や勤務先だろう。会社の処遇への不満感は、不正の動機になりやすいとFBIも認識しているということだ。
自分の仕事振りに対する上司の評価、昇給や昇進といった処遇に対する不満が募ると、「軽く見られた仕返しをしてやる」という不正の動機が生じやすくなる。
それと同時に、「会社には貸しがある」「これで不当な評価の埋め合わせをさせてもらう」と不正を正当化する非常に不健全な心理状態に陥りやすい。職場への不満はモチベーションや生産性を低下させるだけでなく、横領により会社の資産が蝕まれるリスクも高めてしまうことを自覚しておきたい。(甘粕潔)