「うまい!早い!安い!」
これは某牛丼チェーンのキャッチコピーですが、手塚治虫が日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』でみごとに実現したのも、この3拍子。それ以来、低コストで巧みな表現方法を実現した日本のアニメは、「うまい!早い!安い!」が売りとなりました。
『鉄腕アトム』の当時は、予算やスケジュールが厳しかったと聞いていますが、それによって効率よく作画ができるような工夫も生み出され、「日本式アニメ」ともいえる多くの節約手法が発明されました。なかでも画期的だったのは、セリフの口パクです。
日本のお家芸「小っちゃいって事は便利だねっ!」
日本のモノづくりのキーワードは「コンパクト」「ミニマリズム」といわれ、小さくても品質が良いのが特徴。余分なものをそぎ落とす「節約」の伝統です。家電しかり車しかり。この伝統はアニメでも健在です。
ディズニーアニメの口パクは、5つの母音に加え「f」や「th」なども入れると全部で7種類以上もあります。これに対して、『鉄腕アトム』由来の日本アニメの口パクは3種類。開き口と閉じ口、そしてその真ん中の中口だけで喋ります。
このようなミニマリズムは、『あしたのジョー』や『エースをねらえ!』にもみられます。試合のシーンは、最近のアニメと比べると枚数はほとんど使っていませんが、そぎ落された簡潔な様式美と緊迫したカット割りによって独特の情感が醸し出されています。引き算の美学といえるでしょうか。
このような節約傾向は、ハイターゲットとよばれる中高生向けアニメが出始める80年代にかけてピークを迎えます。『機動戦士ガンダム』のガンダムの真っ赤な盾でさえ、ガンダムを全部描かずに済ますために考え出されたと、聞いたことがあります。
潮目が大きく変わったのは、80年代半ば以降。世の中はバブルの真っ盛り。『ドラゴンボール』『北斗の拳』『うる星やつら』の連載もはじまり少年マンガも第二黄金時代に突入。マンガやテレビアニメで育った世代が原画を描きはじめ、若手アニメーターたちが一気に活気づいてきた時期でした。
「マトリックス」も影響を受けた80年代の実験
当時のアニメーターたちにとって、テレビアニメは格好の実験場でした。『うる星やつら』や『GU-GUガンモ』で面白い動きを実験していたアニメーターたちは、現在では劇場アニメの主力アニメーターや映画監督として活躍しています。
80年代前半に手塚式の「節約」が行きつくところまで行きついた感もあり、新たな表現を求める若手アニメーターたちにとってはいいタイミングだったともいえます。「暴走」といわれながらも、嬉々として毎日実験していました。
この「ぜいたく」な実験の結果、実写映画のようなレイアウトや動きを追究する流れもできました。「アニメなのに実写みたい!」という評価が、アニメーターに対する最大級の賛辞と受け取られた時期もありました。
写実的な描写の賛否はともかく、この時期の日本アニメの工夫が、映画『マトリックス』やディズニー版『リトル・マーメイド』『美女と野獣』の画面レイアウトや動きに影響を与えたといわれています。
こうやって考えると、日本のテレビアニメは60年代の「節約」のなかで育ち、80年代の「ぜいたく」を経験してきたからこそ、「静」「動」の魅力が同居するジャパニーズアニメが開花したのかもしれません。(数井浩子)