新興国の低所得者層の家庭には、一家に一台テレビがありません。壁のない店に集まって、みんなでテレビを見ています。このテレビには先進国に住んでいる私たちが思いもよらない機能がついていて、ユーザーに喜ばれています。
さて、ここでクエスチョン。その「テレビの新機能」とは、一体どのようなものでしょうか? 答えは「音量最大化ボタン」ですが、その理由は後ほど説明しましょう。
カンボジアの日本人観光客には「個別包装」が人気
途上国で事業を行っている人たちが、その国を単なる「工場」とみなしているケースは、日本の一部の大手メーカーを除けばごく少数です。多くの企業は、現地にいる外国人や現地人向けのビジネスを考え、実践しています。
私がカンボジアのアンコールワットで訪れたお店「アンコールクッキー」は、『地球の歩き方』にも載っている日本人観光客相手のお店でした。中に入ってみると、そのキレイさに驚きます。まあ、東京のお店から見たら平均点レベルかもしれませんが、カンボジアでは抜群に整っています。
ここのメイン商品は、アンコールワットの形をしたクッキーです。お値段は10枚6ドル(約500円)。日本のお土産物相場だと普通ですが、アンコールワット内のレストランでもチャーハン1杯1~2ドルのカンボジア価格から考えると法外です。
日本から来た観光客は、次々とこのクッキーを買っていきます。私の前に並んでいた人は100ドル以上買っていました。なぜなら、カンボジアには日本人の感覚で「おみやげ」になる商品がほとんどないからです。
日本人はお休みをもらって海外にいったら、職場の同僚にお土産を配らなければなりません。望ましいのは日持ちして、個別包装されていて、ちょっとした、それでいてちゃんとしたお菓子です。
しかし、カンボジアには個別包装されたお菓子がほとんどないのです。こんな商品を思いつくのは日本人くらいでしょう。日本人である故に、日本人が欲しがるものを誰よりもわかるからこそ作れる商品。これも、ひとつの方法です。
先進国では思いもよらない製品が重宝される
もちろん、商売は現地人相手にも行います。人口が多く経済成長中の途上国では、現地人向けの大ヒット商品を作れば、非常に大きなマーケットを手にすることができます。
例えば、インドの家電量販店に行くと、韓国メーカー製の冷蔵庫に鍵穴がついていることに気付きます。インドではお手伝いさんを雇うことが多いのですが、彼女たちは非常に貧しく、雇い主の食料を盗むことがしばしばあります。これを防ぐために、冷蔵庫にも鍵が必要なのです。
この発想は先進国の人間、特にお手伝いさんを雇う文化があまりない日本人には思いつきにくいものです。おそらく韓国人にとっても同じでしょうが、現地の文化を研究してニーズを拾い上げ、画期的な製品を送り出すことで大きなシェアをとることができたわけです。
さて、冒頭の共用テレビについている「音量最大化ボタン」は、どんなときに使われるのか。屋外同然の場所でテレビを見ていると、路上をトラックが走ったり子どもが大騒ぎしたりするので、ドラマやスポーツのクライマックスで音声が聞こえなくなってしまいます。
そんな時、店の主人がリモコンのこのボタンを押すのです。押している間だけ音量がマックスになり、トラックの轟音にも負けません。こんな機能、先進国の集合住宅で使われたら大迷惑ですよね。
「アンコールクッキー」と「音量最大化ボタン」に共通しているのは、それを買う人の立場に立って、必要とされている商品を作り上げたこと。お客さんを想定し、彼らが何を求めているかを徹底的に調査・考察し、それを形にする。製品開発の基本ですが、それを愚直に行った結果、多くの人を喜ばせることができているのです。(森山たつを)