社員の「親族の困窮」が横領につながることもある

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   「困っている人を助けたい」――。フツーの人は多かれ少なかれ、そう思うだろう。東日本大震災の被災者への寄付は続いているし、毎年恒例の「歳末助け合い募金」にも多くのお金が集まっている。

   ましてや自分の家族や親戚が困っているとなれば、放っておけないだろう。そんな思いが「横領」のきっかけになってしまうこともある。今月報道された2つの横領事件にも、そんな側面が見え隠れする。

マネジャーは「部下の私生活」にも関心を持つべし

「困ったことがあったら一人で悩むなよ」という安心感を与えておくことも重要
「困ったことがあったら一人で悩むなよ」という安心感を与えておくことも重要

   ひとつは、私立保育園の前園長(女性、67歳)が2000万円以上を着服した容疑で逮捕された事件。社会保険料の二重計上や臨時保育士への架空給与支払いなどの不正経理を、定年退職までの18年間に繰り返していたそうだ。調べに対し前園長は着服を認め、「着物の購入や親族の事業支援に充てた」と供述している。

   もうひとつは、某県商工会議所の主幹(男性、51歳)が約7400万円を横領した事件だ。財務管理を担当していた約4年半の間に、国債購入を偽装するなどして商工会議所のカネを不正に引き出し懲戒解雇となった。着服金は「家族名義の菓子販売店の運転資金などに流用」していたという。

   「身内のため」という思いは、横領の動機になるとともに、自らの不正行為を正当化する心理にも結びつきやすので厄介だ。

「私利私欲のためではない。大切な人を助けるためだ」

と自分に言い聞かせて、会社のカネを「借りて」しまうのである。

   もちろん、不正を正当化できる理由など一つもない。誰のためであろうが、横領は犯罪なのである。しかし、切羽詰まって見境がつかなくなった人間には、この常識が通じなくなる。

   予防策のひとつは、普通の防止策と同様に、切羽詰まった人が自ずと発するシグナルに周囲が敏感になることだろう。親族のために横領に手を染める人なら、親族が困窮している段階で何らかの変化を現す可能性がある。プライベートに踏み込みすぎるとハラスメントと言われるご時勢なので加減が難しいが、まったく無関心というのもリスク感覚不足である。

   マネジャーは部下との定期的な面談で心配事がないか確認するとともに、表情、言動などに「変だな」と感じるところがあれば声を掛けて話を聞くことだ。ときには上司が自分の身内のことを明かし、打ち解けやすくする必要もあるかもしれない。

時効は最長20年。逃げおおせるものではない

   平素から「公私ともに何か困ったことがあったら一人で悩むなよ」という安心感を与えておくことも重要だ。会社に借入を申し込める制度を設けられれば理想的だろう。相談ができる相手が社内にいれば、思い余って道を踏み外すリスクを軽減できる。

   そんな「優しく包み込む目線」を持つ一方で、「不正に対しては厳しく対処する」という規律を浸透させることも重要だ。横領は懲戒解雇とし、悪質なものは刑事告訴も辞さない。会社に与えた損害賠償請求することも考えられる。

   損害賠償請求は親族に及ぶこともあるし、場合によっては横領をそそのかしたとして親族を訴えることもあるかもしれない。このように、

「親族のために不正をしても、結局は親族のためにならない」

ということを知らしめるのである。

   なお、不法行為責任の損害賠償請求権は、被害者が損害および加害者を知ったときから3年、または不法行為のときから20年経たないと時効消滅しない。

   前園長のように組織のトップとしてやりたい放題した場合でも、後任の園長が不正を発見すれば、損害を受けた保育園として20年前までさかのぼって告発できる場合があるということだ。「辞めてしまえば逃げられる」わけにはいかないのである。(甘粕潔)

甘粕潔(あまかす・きよし)
1965年生まれ。公認不正検査士(CFE)。地方銀行、リスク管理支援会社勤務を経て現職。企業倫理・不祥事防止に関する研修講師、コンプライアンス態勢強化支援等に従事。企業の社外監査役、コンプライアンス委員、大学院講師等も歴任。『よくわかる金融機関の不祥事件対策』(共著)、『企業不正対策ハンドブック-防止と発見』(共訳)ほか。
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