きっかけは「他人への優しさ」でも、無理は続かない
そんな中、Aはクライアントの預金口座から自分のサイン1つで資金を出し入れできる立場にあった。裁判資料には、こう綴られている。
「最初は、少しだけ借りるつもりで始めたが、あまりに多くの口座に手を付けたため、どの口座からいくら借りたかを管理しきれなくなって、ズルズルと続けるうちに一生償っても返しきれない額を横領するに至った」
公私ともに資金繰りに行き詰まり(動機)、クライアントからの信頼を悪用して(機会)、「ちょっと借りるだけ」と言い訳(正当化)して横領に手を染める。不正のトライアングルの「お手本」のような事例だ。そして、不正は必ず発覚し、厳しい処罰を受ける。これも教科書どおりだ。
被害者も「信頼していたのに裏切られた」と恨み節を言うだけではダメだ。日本でも、政治資金の不適切な処理が明るみに出ると「秘書に任せていたので」と自己弁護をする政治家が目立つが、信頼する相手が罪を犯さずにすむよう、しっかり見守る責任がある。
なお、Aの弁護士は、「Aには犯罪歴はなく、横領した資金で贅沢な暮しをしたわけではない」点を強調している。しかし、公金を私的に流用した罪を正当化できるわけはない。きっかけは「他人への優しさ」であっても、無理は続かないのである。(甘粕潔)