アニメーターにとっては、鏡は大事な仕事ツールです。たとえばコーヒーカップを持ちあげるカットを描くとき、手の角度によっては自分の視点からは見えない部分があります。そのときに車のバックミラーよろしく鏡を使って確認するのです。
また、スポーツアニメのキャラクターにはサウスポーが多くいますが、そういうときは右手で演技したものを反転して左ききの演技の参考にします。正面に向かって何かをしているカットを描くときにも、鏡に映して客観的に見てみると意外な発見があります。
キャラが乗り移った自分を映してこっそり変顔大会
ということで、私も絵を描くときは、鏡の前でうんうん唸りながら、ああでもないこうでもないと、次々と変なポーズをし続けていることが多いです。
なかでも恥ずかしいのは、キャラクターの表情を考えているとき。この怒り顔はどの筋肉を動かそうか、こっちの表情のほうが切なげだろうか、右目はどれくらいまで見開けるかと、鏡の前でかなり真剣に演技しています。
あまり熱中しすぎて、スタッフに「数井さん、数井さん…」と呼びかけられてハッと我に返ったりして気恥ずかしさで一杯になりますが、これは制作上どうしても避けられないプロセスです。
鏡といえば以前、化粧品会社の美容部員から「メイク用に鏡を3つ持つといい」と言われました。手鏡だけでチェックしていると、ファッションがアンバランスになりがちだというのです。
これを避けるために、洗面所の鏡で上半身の印象の調整して、最後に姿見でざっと全身をみると、バランスの取れたメイクが完成するそうです。
これはアニメの作画でも同じことです。顔や手などの「パーツ(部分)」だけでなく、バストショットなどの「ハーフ」と、全身サイズの「トータル」から画面を調整するとシーンの統一感が出ます。
机の後ろにカーブミラーを置いていた演出家
ビジネスパーソンのお仕事でも、きっと複数の鏡でチェックした方がいいことがあるでしょう。自分の仕事が職場内でどう機能しているのか。それが会社全体の目標達成にどう貢献するかを考えることで、目の前の仕事のしかたが変わってきます。
大学院のゼミでも、研究成果を立体的に捉えるために「ミクロ」と「ミディアム」「ロングでワイド」の3つの鏡が必要と言われました。身近な世界、想像できる世界、さらに予測するしかない世界という視点を併せ持つと、モノの見方に広さと深さが加わるということでしょう。
そういえば同僚の演出家で、机に鏡を3つ以上持っていた男性がいました。彼は、机に手鏡とひげそり用の小さい鏡、床には姿見を置いていました。
ここまではよくある風景なのですが、彼がユニークだったのは、自分の机の後ろの高いところに、交差点によくある「カーブミラー」を設置していたこと。
「僕が席にいるかどうか、遠くのスタッフからでも分かるようにしているのです」
とのことでしたが、逆に自分の席からもスタッフが近づいてくるのも分かるわけですね。本当の目的はそっちの方かもしれません。一鳥二石のアイデアですが、それにしても面白い発想でした。まさに鏡は使いようです。(数井浩子)