最近のアニメはマンガやゲーム原作が多いのですが、キャラクターデザイナーにとって悩ましい問題がひとつあります。それはズバリ、原作キャラの「死角」です。
マンガやゲームであれば、「カッコいい画」「決めのポーズ」だけでもいいのかも知れません。しかし、アニメはどの角度からでも、そのキャラらしく見えないといけません。
「アニメのキャラデザインって、原作の元の絵を写すだけでしょ?」
とおっしゃる人が時々いらっしゃいますが、とんでもない! 実は想像以上に縛りが多いのが、原作のあるアニメのキャラクターデザインなのです。
ブラック・ジャックの原作に「真正面の顔」はない
ビジネスパーソンのみなさんも、社長から「経営計画はできた。あとは君たちが実行するだけだ!」と言われて、あっけに取られたことはありませんか? それと同じことで、計画を実行する途中で起きるモロモロの問題は、ぜんぶ現場で解決しなければなりません。
たとえば、手塚治虫のブラック・ジャック。白と黒の髪の分け目を厳密に守ろうとすると正面を向いたときの顔が面白すぎて、シリアス医療ドラマの主人公というキャラクター性が壊れてしまいます。アニメ化にあたっては、コミックにはない角度の画を違和感なく作る必要があります。
または、藤子不二雄のドラえもんの足。のび太くんの家は和室が多いのですが、あの足の長さでは正座ができません。以前、劇場版アニメで正座したドラえもんが立ちあがるカットの動画をしたことがありますが、そのときはドラえもんの膝(?)から下を一瞬だけヒュッと伸ばしました。
テレビの実写ドラマでは、俳優の顔の撮影角度が指定されることもあるそうですが、同じように「決め」のポーズが多いマンガやゲームのキャラは、ある方向の顔しか描かれていないことが多々あって、見えない部分はデザインしなければなりません。
デザイナーは、そのキャラが360度どこからみても同じキャラに見えるように、死角問題に腐心しています。ちょっと大げさですが、キャラデザイン能力とは「二次元キャラのデフォルメ加減における絶妙なバランス調整感覚」であると言えます。
望遠レンズと広角レンズの効果を手書きで再現
このような「人間の目に自然に見えるようなデフォルメ」は、原作がない作品でもついて回る問題です。キャラクターデザイナーやアニメーターは、さまざまな視覚的再構成を行い、常にバランスを調整しています。
例えば実写の旅番組を見ていると、遠くの列車は遠景を大きく圧縮する望遠レンズを、列車が近づいたときには遠近感を強調する広角レンズを使って撮影されています。
このような使い分けによって、列車が悠然と走っていたり、視聴者の手前に飛び出してくるような迫力のある画面を作りだすことができます。
アニメではレンズの使い分けができないので、このような作業はすべて人間の目と手で調整しなければなりません。望遠レンズ的表現と広角レンズ表現を、対象物の位置によって使い分けます。
ただし、この手の調整は誰が行っても同じようにはいかず、描き手の感性と個性によって微妙に異なります。マンガやゲーム原作があっても、画面を再構成する方法はそれぞれのデザイナーの感性と個性によってさまざまです。
キャラクターデザイナーは毎回、「自然に見えるようなデフォルメの仕方」に一人で苦悶しています。アニメキャラは画面の中で汗や涙を流していますが、その姿はまさにデザイナーやアニメーターたちが流している汗と涙と鼻水の結晶なのです。(数井浩子)