銀行の支店では、現金の出入りを毎日厳格にチェックしている。システム上の金額と実際の現金残高が合わなければ、たとえ1円であっても勘定が合うまで帰れないのが原則だ。足りないのはもちろん、多すぎても大問題だ。
1円のために何人もの行員が長時間残業するのは、確かに非効率である。そんな時、出納事務の管理者は自分の財布から合わない分の硬貨をそっと取り出し、帳尻を合わせたいという衝動に駆られる。
誰だってミスくらいするんだから、1円くらいいいじゃないかと思うかもしれない。しかし、一度でも「まぁ、いいか…」を安易に許してしまうと、その支店の管理体制は確実に崩れていく。そして、不正はそのような甘さを突いて行われる。
「心当たりがない」で簡単に処理してはいけない
今年9月4日に長野県内の信用金庫が、元職員による約5700万円の横領事件を公表した。顧客から預かった通帳と印鑑を悪用して預金を不正に引き出したり、高金利の定期積金があると偽って顧客から現金をだまし取り、偽装した証書を渡したりしていた。
その後の調査で、犯人は2010年12月に当時勤務していた本店の金庫から、未使用の定期積金証書100枚を無断で持ち出し、自宅のパソコンで金額や利率を印字して顧客に渡していたことも判明した。
金融機関では、預金通帳や証書は「重要印刷物」として現金と同じく厳重に管理されており、定期的に枚数をチェックするはずである。この信金でも定期点検で証書が100枚足りないことに気づいたそうだが、犯人を含む全職員が「心当たりがない」と回答したことで、何と紛失として処理してしまったそうだ。
どこまで徹底的に探したかわからないが、金融機関の常識では考えられない安易な対応だ。きっと、犯人はホッと胸をなでおろしたであろう。最終的に今年8月、被害者の1人が定期積金解約のために偽造された証書を信金に持参して発覚した。
現金はもちろん、重要物が紛失したら、職員総出で徹底的に捜索し、紛失の原因や責任の所在を究明しなければならない。責任者の厳正な処分や管理方法の見直しなども不可欠だ。
「どうなったか知りませんか?」
「さあ、心当たりがないですね」「そうですか」
と安易に紛失扱いにしてしまっては、悪意ある者は「この会社は盗んでもなくなったことにしてくれるから大丈夫」と考え、窃盗や横領を誘発することになってしまう。