セクハラ・パワハラ問題の啓蒙が進んだ結果、以前は我慢したり泣き寝入りしていたことが、堂々と告発されるようになった。それ自体は悪いことではないが、ハラスメントを盾に社員が会社に要求を突きつけるケースも出ているようだ。
ある会社では、ある優秀な若手女性社員を本社に呼び寄せようとしたら、「その部署はセクハラじみた言動をする中年男性が多いので行きたくない」と拒否されてしまった。社長が注目している社員でもあり、人事が頭を抱えている。
しつこい係長がいるので「どうしても行きたくない」
――食品商社の人事です。地方支社の女性社員に東京本社への異動の内示をしたのですが、強く断られてしまい困っています。
東海支社で営業を担当する20代のA子さんは、入社3年目にもかかわらず、さまざまな販促アイデアを打ち出して支社の成績を伸ばしています。
社長も注目していて、先日開催された管理職会議でも、
「君たちにフレッシュな発想を求めることは、もう無理なのか?もう、若手とベテランを総入れ替えにするぞ。A子クンを見習ったらどうだ!」
と名指しで絶賛されたほどです。
そこで全社的な営業施策の見直しをするために、A子さんを本社営業本部に抜擢することにしました。彼女は入社時に本社勤務を希望していたので、喜んで従ってくれると思いきや、意外にも「お断りします」という返事が。
理由は「本社の営業は中年男性が多く、職場でセクハラじみた言動が多くて不快だから」。特に営業係長からは、出張のたびに「飲みに行こうよ」と誘われ、メールで「彼氏いるの?」などとしつこく聞かれていたそうです。
係長は本部の中堅として活躍中の真面目な社員です。A子さんには「異動が決まったら注意しておくから」と言いましたが、彼女は「少なくともあの係長がいる限り、どうしても行きたくない」と頑なです。こういうとき、どうしたらいいでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
セクハラないのに異動拒否なら懲戒解雇も可能
A子さんの異動は業務上の必要があるので、業務命令には従ってもらいましょう。異動は「①業務上の必要性が存しない場合」「②不当な動機・目的をもってなされたものである場合」「③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合」を除き、特段の事情がない限り権利の濫用にはなりません。もしもA子さんの証言が事実であれば、係長の言動はセクハラに当たりますが、A子さんに思い違いがあるのかもしれないので、双方から十分事情を聞く必要があります。
もしセクハラがあれば処分しますが、そこまででもない場合には、係長を異動させることは難しいでしょう。A子さんの個人的な好みを聞き入れればゴネ得になってしまうので、そのまま異動してもらうしかありません。どうしても拒否する場合には、残念ですが会社を辞めてもらうことになります。懲戒解雇も可能ですが、実務的には退職勧奨による自己都合退職にすることが多いです。
臨床心理士・尾崎健一の視点
組織メンバー間の「相性」に配慮することも必要
職場の人間関係は、仕事の生産性に大きな影響を与えます。組織メンバー間の相性や過去の関係を考えて配慮することは、マネジメント上必要なことだと思います。また、具体的な被害がない場合、セクハラの有無について踏み込んだ調査は難しいものです。野崎さんの指摘も分かりますが、いま営業本部にA子さんと係長のどちらがより欠かせないかを検討し判断する必要もあるのではないでしょうか。シビアな話ですが、2人を天秤にかけて、より必要な方に残ってもらう選択をするということです。
社長の肝いりでもあり、「A子さんを異動させない選択肢はない」のであれば、セクハラの判断はあえて避け、係長には異動してもらうことも考えられます。その際、「A子さんの要望で」と説明することは避け、業務上の必要性を含め係長本人が納得できる理由を提示することが無難です。また、A子さんの懸念は他の部員に対するものもあるので、受け入れ先の所属長などと情報共有しておくべきでしょう。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。