「雇用流動化」の必要性が訴えられているが、それにより会社の負担も増えることが予想される。人の出入りのたびに求人、採用や教育、退職手続きの手間が増えるし、中途入社する社員の「身体検査」にも神経を使うようになる。
ある会社では、期待の業界経験者が、わずか入社半年で姿を消してしまった。すでに任せていたクライアントからはクレームが相次ぎ、社長は「探し出して損害賠償しろ」と言い出して、担当者は頭を抱えている。
「謝罪とリカバーにかかった費用を全額請求しろ」
――広告会社の総務です。今月に入社したばかりのAさんが、無断欠勤を続けています。正確には、入社半月ほどで「蒸発」してしまいました。
自宅やケータイに何度も電話していますが、つながりません。仕方がないので、さっさと解雇しようと思ったのですが、そうもいかないのです。
Aさんは業界経験者だったので、すぐに数社のクライアントを任せました。蒸発した翌日、2件のクライアントからクレーム電話があり、ともにAさんの営業に問題があったようです。
「新しいAさん、お願いしたことをちゃんとやってくれないんですよ。あんな人を担当にするなら、御社との取引は考えさせてもらいますね」
「この間発注した広告に記載漏れがあってさ。こっちから連絡しても返事がないし、いったいどうしてくれるんですか」
すぐに部長が謝罪に行って、大事にはならずに済みそうですが、広告の記載漏れについては当社負担での再出広を約束せざるを得ませんでした。これを知った社長は、
「何としてでもAさんを探し出して、損害賠償を請求しなきゃダメだな。謝罪とリカバーにかかった費用を全額請求する準備をしてくれ。それから、すぐに懲戒解雇にして、半月分の給料は払わなくていいから」
とはいえ、いまだに電話連絡も取れず、自宅にも帰っている形跡はありません。こういうときは、どうすればいいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「蒸発」した社員を深追いするのは難しい
無断欠勤のまま行方不明になってしまった社員の居場所をつきとめ、損害賠償を請求することは実務的には困難な場合が多いです。故意や重過失でない限り、業務上のミスについて本人に100%責任を負わせることは難しいですし(上司の監督責任などもある)、自宅に内容証明を送るなどの対応が考えられますが、本人が行方をくらませているかぎり、賠償の見込みはありません。就職する際に提出してもらった「身元保証人」に賠償請求することも考えられますが、請求できる損害の比率は本人よりも低くなります。
また、懲戒解雇であっても給料を未払いで済ますことはできません。解雇する場合には「公示による意思表示」という裁判所を用いた手続きをしなければなりませんが、かえって面倒ですので就業規則に「行方不明になった日から30日過ぎても連絡がなかった場合は自然退職とする」と定めておき、退職として扱うことも考えられます。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「蒸発」を放置せず、最低限の調査や確認をすべき
無断欠勤で連絡が取れない、あるいは指導しても改善が見られない場合は、就業規則にのっとって解雇することもやむを得ません。しかし、本人と連絡が取れない場合には、何らかの病気や事件、事故ということもありえます。可能な限り調査、確認をしておくべきではないでしょうか。
病気であれば治療勧奨や、治療を受けるための猶予期間を取ったり、事件や事故であれば必要に応じて警察に通報するなどしましょう。これを怠ると、会社の行動が問題視されるおそれがあります。例えば、メンタルヘルス疾患で会社に来なくなった社員を、十分な対応なく解雇した結果、「上司からパワハラを受けた上に不当解雇された」と社員から訴えられて認められた判例もあります。今回は、そこまでの問題に発展するケースかどうかは分かりませんが、このような知識を持たずに対応すると、思わぬトラブルになることがあります。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。