他人に何かを依頼するとき、信頼できる相手にすべてを任せられれば、これほど楽なことはない。自分の手間は省けるし、精神的負担も軽くなる。「自分は信頼できる人間と一緒に物事を進めている」という安心感や満足感もある。
しかし、任せきりにすると思わぬスキができる。任せられた相手が「何をしてもバレにくい」と感じると、フツーの人間の頭にはつい出来心が生じてしまうものだ。横領や詐欺などの不正は「信頼して任せきりにする」場面でよく起きるのである。
依頼主の「全幅の信頼」に乗じて横領した弁護士
約4億7000万円の詐欺と業務上横領の罪に問われた元弁護士・T被告の第2回公判が、福岡地裁で先日行われた。具体的な容疑は「依頼人からの預り金の着服」「仮処分申立ての保証金名目での詐欺」などである。
預り金の着服は、例えばこんな手口で行われる。あなたが家族経営する会社が、主要受注先の破綻により連鎖倒産に追い込まれたとしよう。あなたと家族は自己破産の申し立てを余儀なくされ、自宅近くの弁護士に手続きを依頼することにした。
事情を説明すると、弁護士は同情の色を見せながら、こう切り出すだろう。
「それは大変でしたね。分かりました、お任せください。着手金として10万円、預かり金として100万円をお支払いいただければ、早急に手続きを行いましょう」
あなたは親族からお金をかき集め、事務所に持参した。倒産のショックから「信頼できる人に手続きをすべて任せて、少しでも負担を減らしたい」と思うのは当然だ。しかし、弁護士は「全幅の信頼」を置かれたのをいいことに、そのまま手続きをせずに放置し、カネを自分の借金の返済に流用するのである。
Tの場合、悪化した事務所の経営を立て直すために、最初は「少し借りる」つもりで預り金に手をつけたようだ。そして自転車操業を繰り返しながら、徐々に感覚が麻痺していく。最終的には「仮処分申し立てに保証金が必要」などとウソを言って1億円以上を詐取するなど、莫大なお金を不正に着服する。
Tは5月に自己破産が確定しており、被害金回復の目処は立っていない。Tに対して債権をもつ依頼人は36人おり、中にはTに紹介された貸金業者から高利で借入をして「預け金」を捻出した被害者もいるという。耳を疑いたくなる状況だ。
相手が「先生」だからといって遠慮する必要はない
「まさか、この人が…」
「少し借りるつもりで、つい…」
という構図は、横領が発覚する銀行員と同じだ。信用第一の銀行員がまさか自分のお金に手をつけることはないだろうという意識が、顧客のチェックを甘くし、横領の機会を誘発してしまう。
弁護士に対する信用をこれ以上傷つけないために、何をすべきか。再発防止のキーワードは“Trust, but Verify”、つまり「信頼はしても任せきりにしない」ことである。
まずは依頼人の自衛策が求められる。依頼前にインターネット等で弁護士の風評や費用の相場などをできるだけ確認する。そして依頼後も任せっぱなしにせず、預け金の管理状況を厳しくチェックする。
預け金はその名のとおり弁護士に預けてあるだけであり、依頼人の資産なのだから、チェックするのは当然の権利だ。相手が「先生」だからといって遠慮する必要はない。
まとまった額を預ける場合は、依頼人名義の専用口座を開設し、入出金状況を逐一報告させることはできないか。弁護士側としても、それくらいの明朗会計サービスをすれば差別化できるのではないか。
弁護士会の役割も求められる。福岡県弁護士会は2007年ころ、すでにTが「自転車操業」状態であることを察知していたが、適切な対応を取らなかったと批判されている。2011年3月と11月にも、所属弁護士による過払い利息返還金等の横領事件が発覚している。
弁護士会は弁護士法により、所属弁護士(法人)に疑わしい行動があれば事実確認のうえ必要な懲戒処分を行う義務を負っている。特に不正リスクの高い預け金などを中心に、抜き打ちも含めた監査を強化する必要があるだろう。(甘粕潔)