会社のお金を動かす責任者と、それをチェックする責任者――。曲がりなりにもポストを分けるのが管理の鉄則だが、同一人物が兼務していたらどうなるだろうか。ノーチェックでやりたい放題になるのは当然で、事件が起きてから「人手不足だったので」なんて言い訳しても後の祭りだ。
新興市場に上場するS社が、元執行役員経営管理部長Aによる1億7000万円の横領事件を公表した。Aは、2009年6月に経営管理部の財務・経理グループシニアマネージャーとして中途入社し、部長に昇進後もシニアマネージャーを兼務。自ら会社の小切手を不正に作成し、銀行の窓口で現金化する手口を、1か月半の間に10回も繰り返していた。
部下の疑問にウソを答えてごまかした部長
Aは1954年生まれ。米国公認会計士の資格をもち、外資系企業数社で経理・財務業務の経験を30年積んで、S社に中途採用された。
国際会計基準をはじめ財務業務全般、税務にも精通しているとして人材紹介会社から紹介され、当時のS社経営管理部長の推薦も受けての入社だった。
実はこの不正、1回目の着服の翌日には、預金残高をチェックした部下が異常に気づいて、部長であったAに相談している。例えば、以下のようなやりとりがあったのではないか。
部下「部長、すみません。申し上げにくいんですが、昨日の銀行預金の残高が帳簿残高よりも1000万円少ないんです」
A「あぁ、ごめん。伝えてなかったな。社長から指示があってね。昨日私が小切手で一時的に立て替え払いしたんだ。しばらく同じような払いが続くと思うけど、必ず返済されるから大丈夫だ。帳簿処理はしなくていいよ」
しかし、その後も1000万円単位の不明な出金が続いたため、部下は再度Aに相談。それに対しAは、株主総会前に社長から回収するから引き続き帳簿処理は不要と指示したそうだ。
部下としては、部長が不正をするなんて思いもよらなかったのだろうが、明らかに異常な動きであり、一歩踏み込んで社長自身や監査役に確認をとっていれば、と悔やまれる。
間接部門の人員が手薄になりがちな新興企業
発覚のきっかけは、取引銀行の支店担当者からS社への一報だった。同支店では、6月27日に2000万円、29日に4000万円と立て続けにAから小切手現金化の依頼を受け、不審に思ってS社に電話で確認したのである。
Aの大胆な犯行を許したのは、次のような状況で経理の内部統制が無力化していたためといえる、
・Aは部長とシニアマネージャーを兼務しており、財務・経理グループには他に管理職がいなかった
・小切手帳はAが保管し、銀行届出印は部下が保管していたが、業務時間中は届出印保管場所の鍵が開けっぱなしで、Aは自由に使用できた
・社内ルールでは「小切手を現金化するのは、小口現金が不足した場合のみ」となっていたが、部長であるAはそれを無視できた
・内部監査は定期的に行われていたが、預金関連の監査は、2006年12月以降は行われていなかった
・取締役会での経理関係の報告は、Aが自ら行っていた。しかも、社長以外はすべて社外取締役であった
この事件で1億7000万円の特別損失を計上したS社は、経費削減や売上原価コスト低減などを迫られ、従業員や下請業者にも多大な負担を強いるだろう。
新興企業においては、経理や監査などいわゆる間接部門の人員が手薄になりがちであるが、一度このような事件が起きると、ロスを取り返すにはその何倍もの売上が必要となる。損失防止への適切な投資も欠かせない。(甘粕潔)