2012年7月31日、国立K大学の大学院薬学研究科の元教授T(59)が収賄容疑で逮捕された。研究機器等の発注の便宜を図る見返りとして、長年親密な関係にあった医療機器販売会社M社に私的な費用を負担させていた疑いがもたれている。M社の社長と元営業部長も、贈賄容疑で同日逮捕されている。
T容疑者は、遺伝子情報をもとに難病の治療薬を作る「ゲノム創薬科学」の第一人者とされる。都内の国立病院に約10年勤務した後、02年にK大学に教授として迎えられ、10年には学内に設けられた「最先端創薬研究センター」のセンター長に就任。しかし、本件の発覚により、6月に「一身上の都合」で辞職していた。
取引先払いのクレジットカードを300回も使っていた
疑惑発覚のきっかけはM社の倒産だ。11年10月、M社が約12億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請。すると、Tが勤務していた国立病院が、M社に3億7900万円の債権を有していることが判明したのである。
医療機器販売会社が、国立病院に億単位の債務を負うのは異常だ。疑われたのは、いわゆる「預け金」と呼ばれる手口である。物品の発注権限者が納入業者と共謀して、架空発注などを行い、浮かせた資金を納入業者にプール(裏金化)させて不正に流用する。納入業者は、領収書等を偽造して不正を隠ぺいする。
検察は、国立病院勤務時代にTがM社に預け金をプールし、一部を私的に流用した業務上横領容疑で捜査を開始した。
その後、TのK大学教授就任後に、M社が大学付近に支店を設立し、薬学研究科から億単位の受注を獲得していたことや、05年にM社がTに同社払いのクレジットカードを渡し、Tが約300回にわたって私的な飲食費や家電製品の購入にカードを使っていたことなどが判明。贈収賄容疑による3人の逮捕へと発展した。
TとM社社長のような「発注権限者と納入業者との親密な関係」は、典型的な不正の兆候だ。お互いの貸し借りをつくりやすく、共謀による預け金や贈収賄などのリスクを高める。
新聞報道によれば、11年にK大学がTとM社に調査を実施した。内部通報があったのだろうか。しかし大学は、TおよびM社の「不正経理はない」との回答を鵜呑みにしていた。M社が倒産しなければ、Tによる不正は今でも発覚していなかったかもしれない。
肩書や実績だけでなく、本人の倫理観を冷静に見極める
預け金による研究費不正は過去にも多数発覚しており、K大学、文部科学省、そして会計検査院もそのリスクは十分に認識していたはずである。しかしTの周辺では、その道の権威であるセンター長に対して、部下はもちろん大学側もうるさいことを言えなかったのではないだろうか。
再発防止に向けてまず必要なことは、事実関係を徹底的に究明し、不正への関与者を厳正に処分して、「不正は一切許さない」姿勢を改めて世に示すことである。
T元教授は最先端医療の発展に欠かせない有能な人物なのであろう。しかし、公金を私物化した罪に手心を加えるようなことは絶対にあってはならない。M社の債権者リストには、複数の大学名が浮上しており、それらの実態究明も不可欠だ。さらに、
・外部人材を要職に採用する際は、肩書や実績だけでなく、本人の誠実性や倫理観を冷静に見極める
・競争入札の徹底等により、業者への発注権限を一人に集中させない
・発注プロセスに関わる者の人事異動を適切な間隔で実施し、固定化を防ぐ
・監査等による入札・発注・納入・支払プロセスのモニタリングを強化する。特に抜き打ちによるチェックを有効活用する
・納入業者の従業員も利用できる内部通報制度を整備し、不正疑惑情報の収集力を高める
といった内部統制の基本を、形だけでなく実質的に運用することで、業者との癒着を防ぐ取組みも欠かせない。(甘粕潔)