銀行や信用金庫など、預金を取り扱う金融機関の職員による横領事件は、公表されているだけでも毎年50件以上ある。よく使われる手口は「不正の自転車操業」と言えるものである。
(1)支店の渉外担当者が顧客宅を訪問して、定期預金作成などのために現金を預かる
(2)その現金を入金処理せずに着服し、自分の借金返済等に(一時的に)流用する
(3)他の顧客から同じようにして預かった現金を着服し、最初の着服分を穴埋めする
(4)さらに、多くの顧客を巻き込み、着服と穴埋めを繰り返す
(5)入金の遅れなどにより顧客に怪しまれないよう、通帳や証書上の入金日などを改ざんする。あるいは、入金明細をいちいち確認しない顧客をあえて狙う…
最初の着服は4万円、最終的には1300万円に
先週公表されたF銀行職員による横領事件も、そんな典型的な例だ。同行のニュースリリースによれば、事件を起こした職員A(男性、37才)は約10年にわたり横領を続け、遊興費や自己の借金返済などにあてていた。
その手口は、顧客から預かった定期積金用の掛け金を入金処理せずに着服・流用したり、定期預金を無断で解約したりするものだった。被害にあった顧客は、計32先(18世帯)、着服回数は268回に及んだ。
着服額は約1300万円に上ったが、穴埋めを繰り返したため、不正が発覚した時の実質的な被害金額は、200万円であった。Aは被害額をすでに全額弁済したが、同行はAを懲戒解雇とし、刑事告訴に向けて準備を進めている。
同行のリリースには、着服期間と金額が時系列で記載されている。最初の着服は2003年2月~4月に4万円。その後も、同年10月~11月に5万円、2005年5月~6月に5万円と比較的少額かつ散発的で、被害者数も2先(1世帯)にとどまっていた。
しかし、2010年1月以降は、今年7月に発覚するまでに30先(17世帯)から合計約1300万円を着服している。恐らくAは分不相応に遊興費を使って借金が増え、その返済に行き詰って横領に手を染めたのだろう。
当初は、「少しの間、貸してもらう」と正当化しながら、借金返済に必要な額だけ着服したのではないだろうか。しかし、不正が見つからないことから徐々に罪悪感が麻痺し、手口も大胆さを増して遊興をエスカレートさせていったと推測できる。
「はじめは恐る恐る。徐々に大胆に」。これも、横領犯の典型といえる。だからこそ、未然防止はもちろん、早期発見のためのチェックが大事なのである。
2011年末には支店長による横領も発覚
Aの場合、最初の数年間で発覚していれば、顧客の被害は最小限に食い止められ、銀行としても元行員を刑事告訴するという苦渋の決断を迫られることはなかっただろう。
ではなぜ、長い間発見できなかったのだろうか。この手の典型的な不正に対しては、各金融機関ではそのリスクを十分に想定し、対策を強化しているはずである。
「行員同士のアットホームな雰囲気があだとなった」
謝罪会見において頭取は、原因についてそう釈明したそうである。Aは「わが家にいる感覚で」公私のけじめをなくしてしまったということか。
和気あいあいとした職場は、確かに居心地がいいだろう。しかし、馴れ合いやチェックの甘さを招き、規律が乱れやすい。顧客の大切な資産を預かる銀行の管理態勢は、アットホームであってはならない。
残念ながら同行では、2011年末にも支店長による横領が発覚しており、職員による横領は2001年以降今回で5件目となるそうだ。リリースは「全役職員一丸となって信頼回復に取り組んでまいります」と締めくくられている。今度こそ、その本気度が問われる。(甘粕潔)