名古屋の老舗百貨店の元外商担当者A(37)が、業務上横領容疑で逮捕された。2011年9月に顧客からの照会で不正疑惑が浮上。会社は調査を進め、2012年2月にAを懲戒解雇し、警察に刑事告訴していた。
Aは自分の販売実績を水増しして高い評価を得るために、2003年10月ごろから複数の顧客に対して架空売上の計上を繰り返していた。社内調査でAは、「売上目標を達成できないことは自分のプライドが許さなかった」と語ったそうだ。
架空売上を計上し、自転車操業で決済資金をねん出
事件発覚後、同百貨店では調査委員会を設け、不正の実態解明と再発防止策の検討を行った。それによると、Aは担当する複数の顧客に対して、商品の納入を伴わない架空売上を計上し、次の手口を駆使して決済資金をねん出していた。
・自己資金を工面して支払いに充てる
・他の顧客から集金した売上代金を流用する(集金した現金の入金伝票となる「売掛代金受入票」に、別の顧客の口座番号を記載して経理担当を欺く)
・銀行口座自動振替による決済を利用している顧客の口座から代金を不正に引き落とす
・架空売上により「宙に浮いた」商品を着服し、買い取り業者に転売して換金する(できるだけ、換金性の高い商品を選ぶ)
さらにAは、次のような隠ぺい工作を駆使して発覚を免れていた。
・請求内容や口座の動きに無頓着な顧客に狙いをつけて不正請求を繰り返す
・本来、会社から顧客に直送される請求書を「直送停止」扱いにし、自分で届けるように装って請求書を破棄する
・顧客から照会や苦情を受けた場合には、「他の顧客への請求を間違って請求した」と言い訳をして、返金する
このような不正を繰り返せば、売上代金の回収記録をチェックする上司や自分の銀行口座の動きをチェックする顧客が異常に気づきそうなものである。Aは優秀な外商営業マンとして多数の優良顧客をもち、上司・同僚からも信頼されていたのかもしれない。
一方で、Aは不誠実な性格の持ち主で、日頃からルール軽視の言動が目立っていたとも推測できる。しかし、外面(そとづら)がよく仕事ができるため、顧客も上司もチェックが甘くなってしまったのではないか。「できる担当者」による典型的な横領事例という気がしてならない。
本当に「全く予見できない」行為だったのか
調査委員会は、上司の管理・監督責任を認めつつも、
「本件事案は、お得意様営業部に関する通常の業務監査では全く予見できない、元従業員による極めて特異な個人的犯罪行為であった」
としている。
しかしAの不正は、内部統制の「いろは」であるチェックを行っていれば、すぐに見抜けたはずである。売上代金受入票の「顧客名」と「決済口座番号」の照合や、「売上明細」と「決済記録」の照合、請求書直送停止という「異例取引」の注視などは確実にしていたのか。「極めて特異な」「全く予見できない」犯罪といえるのかどうか。
Aは、集金した現金や顧客の預金の「私的な着服」は強く否定しているそうだが、もちろんそれは何の言い訳にもならない。売上実績を水増しして、給料やボーナスを不正に得ていたのであれば、着服したのと同じだ。
さらに、調査委員会が指摘するとおり、Aは老舗百貨店が歴史とともに培った信用を大きく傷つけた。損害を被った顧客には会社が返金をしており、今後はAが会社に損害賠償をすることになる。しかし、失った信用はそう簡単には取り戻せない。(甘粕潔)