2012年5月24日、横浜市営バスの営業所に利用者から電話があった。
「バスの運転手が料金を(運賃箱に入れさせず)手で受け取っている」
横浜市交通局は、早速調査に乗り出した。運賃箱の料金回収データとドライブレコーダーに収録された音声・映像を解析したうえで、監察担当者が密かに「添乗調査」を実施。同運転手(40)が運賃を手で受け取った現場を押さえた。
ワンマンバスの車内では「顧客の目」も頼りに
事情聴取に対して、同運転手は運賃の着服をくり返していたことを認めた。交通局では、映像により確認した金額に加えて、他の運転手による同じ路線、同じ曜日の収入との差額などから着服総額を推計。本人の同意を得て弁済を受けた。
この事件を受けて実施した全運転手対象の調査により、別の運転手も同様の不正を行っていたことが判明。2人は懲戒解雇となった。
路線バスの運転手は、運行中は一人ですべてをこなすため、上司や同僚によるダブルチェックが働かない。最近は車内に監視カメラを設置するバス会社も増えているが、すべてのバスをリアルタイムでチェックすることは不可能であり、データの保存期限もあることから、実際にはチェックしないまま消去されることも多い。
そこで頼りになるのが、今回の事件発覚の経緯となった「顧客の目」である。バスの車内に、
「このバスの運転手は、○○です。運転手のサービス等について、お気づきの点がございましたら、ご遠慮なく××営業所までご連絡ください」
という案内を掲示しておくだけでも、運転士による不正行為を抑止する効果が期待できる。
JR西日本では、福知山線の大惨事以降、犠牲者の遺族をはじめ、運転士の一挙手一投足を厳しく監視する乗客が増えたと聞く。その結果「運転中に携帯電話をいじっていた」「居眠りをしていた」などの苦情が寄せられ、運転士が処分されるケースが発生している。
顧客からの照会や苦情は、サービス向上に活かすだけでなく、不正リスク管理の観点からも活用しなければならない。コンプライアンス部門、内部監査部門と顧客サービス部門の連携が不可欠である。
「自分の小銭で立て替え」が生んだ公私混同
ここで、このような不正の「機会」をみすみす作ってしまった運転手の料金授受業務の問題点について指摘しておきたい。
交通局の調査報告書によれば、利用者が運賃を払い過ぎたり、つり銭器が故障したりした場合などに、運転手が手払いで返金をすることがある。そのような場合に備えて、運転手には少額の現金が支給されているが、返金用現金の使用状況は厳格に管理されていなかった。
また、手元の現金がなくなっても、運転手は追加支給を申請しにくい雰囲気があったそうだ。そうなると、他の顧客の運賃や自分の小銭でやりくりせざるをえない状況が生じやすくなる。
バスの運賃は200円前後と少額であり、「とりあえず」とか「これくらいなら」と安易な取扱いをしてしまいやすい。さらに、日々の収入額は流動的なため「多少の誤差は分からないだろう」という心理にもなりやすい。
ルールがあいまいだと、現金の扱いがいい加減になる。そこに「とりあえず自分の小銭で立て替える」という行為が加わると、公私のけじめもつかなくなり、今回のような事件が発生しやすくなる。塵も積もれば山となる。
交通局では様々な再発防止策を打ち出しているが、まずは、「現金を手で受け取る行為」の原則禁止を運転手に徹底すべきだ。そのうえで、補助券による返金の推進、つり銭器の更新による故障の防止などにより、「手で受け取らざるを得ない状況」の発生を極力防ぐ取組みが必要である。
加えて、例外対応を認める場合と処理方法を明文化し、例外処理を申告しやすい環境を整えることも重要だ。(甘粕潔)