『職場でうつの人と上手に接するヒント』(尾崎健一著、TAC出版)は、ちょっと変わった本だ。世の中には心療内科の医学書や、メンタル不調者向けの本はたくさんある。最近では会社の人事や管理職向けに、社員や部下がうつ病になったときの注意点を解説する本も出始めている。
本書がそれらと違うのは、職場で一緒に働く「同僚」が、メンタル不調者や不調を自覚していない社員に、どう接してあげるのがいいのか、というニッチなスタンスからアドバイスが書かれている点である。
著者は、外資系メーカー勤務後、大学で臨床心理を学び、クリニックの心理相談室や企業の人事部で働いた経験を持つ。現在は臨床心理士として企業のコンサルティングを行う傍ら、秋田大学医学系研究科で自殺予防の研究に携わっている。
人間関係が冷え込んでいれば、健康な人でもおかしくなる
尾崎氏はコンサルティングを通じ、メンタル不調者本人と会社の問題のほかに、「同僚たちの悩み」があることに気づいた。同僚たちの中にはメンタル不調者に対して、力になりたいが、どうしたらよいのか分からないと戸惑っていたり、どのように接したらよいのか分からず、疲弊してしまっている場合もあるという。
うつ病かどうかの判断は医師などの専門家しかできないし、仕事の指示は上司がすることだ。それだけではカバーできない領域に遭遇したとき、どのように対処すればよいのか。尾崎氏が専門家の見地からアドバイスを行っている。
たとえば、メンタル不調で数か月休職し、復職してくる同僚をどのように迎え入れればよいか。多くの人は、腫れ物に触るように見て見ぬふりをしたり、あえて平然を装っていきなり仕事を振ったりするのではないか。
しかし、復職者の心の中は不安で一杯だ。「もう戻ったんだから、仕事できるよね」とプレッシャーをかければ、それに応えようと無理をして改善が遅れるかもしれない。尾崎氏は、第一声は「復職おめでとう」と声をかけ、そして休職中の苦労をねぎらい、「これからは今までどおり一緒に仕事をしよう」と受け入れの意思表示をすることを提案する。
また、長時間席を外していたり、手が止まったままボーッと何かを見つめていたり、涙を流していたりといった様子を見たら、「どうした?体調が悪いかな?」「やりにくいことがあったら言ってね」と声をかけ、ヘルプを言いやすい雰囲気を作ることが大事だという。
このようなことは同僚に対する思いやりとして、当然のことかもしれない。しかし、それすらできないほど人間関係が冷え込んでいるならば、仕事上のコミュニケーションはおろそかになり、健康な人の精神状態までおかしくなってしまう。
職場の人間関係と仕事のフォロー体制を良好に保つことで、メンタル不調を防げる部分もある。職場のリーダーにはなったが、他人とどう付き合ったらよいかよく分からないという人には参考になるのではないだろうか。