ジャスダック上場のジュエリー販売会社の元執行役員A(男性、39歳)が、商品在庫のダイヤモンドルース(加工済みの裸石)74個(仕入価格約1億円相当)を横領し、質屋などで換金した容疑で警察に逮捕された。
同社の有価証券報告書等によると、Aは1998年4月に同社に入社。商品部門で仕入や営業等を中心にキャリアを積み、横領に手を染めたとされる2006年4月には営業統括の取締役に昇進していた。その後、理由は不明だが07年6月に取締役を退任し、事件発覚まで執行役員商品部長として勤務している。
同じような大きさの芳香剤とすり替える手口
横領は10年6月に社内で発覚。会社はAを懲戒解雇し、11年7月に刑事告訴していた。約4年間、60回にわたった横領の手口は、商品番号付きの小袋入りで保管されていたダイヤモンドルースを、同じような大きさの芳香剤とすり替えるというものだった。
「そんな小細工で、なぜ4年間も隠し続けられたのか」
と思うのだが、役員として在庫管理の責任者をしていたAは、毎月の在庫チェックを1人で行い、異常なしと虚偽の報告をすることができたのだ。
新聞報道によれば、動機は「遊ぶ金ほしさ」で、競馬や風俗店に浪費したそうである。「金銭感覚がマヒしてやめられなかった」との供述もあり、30代前半で曲がりなりにも上場企業の取締役になり、分不相応なライフスタイルにはまり込んでしまったのかもしれない。
さらに、取締役をわずか1年で退任して(させられて?)おり、収入減少や処遇への不満などが横領の動機につながったとも推測できる。
それにしても、100万円の札束以上の価値のある宝石の保管を1人に任せることがいかに危ないか、冷静に考えれば誰にでも分かる。容疑者をよほど信頼していたのか、わが社で横領など起きるわけはないと甘く考えていたのか。しかし、ほとんどの横領事件は「任せきり」が主な原因だ。
この事件を受けて、同社は商品在庫の棚卸業務プロセスに重要な欠陥があるとし、商品部以外の社員が在庫確認に立ち会いダブルチェックを徹底するなどの強化策を公表したが、今までしていなかったのが信じがたい。不正防止は「当たり前のことの徹底に尽きる」と痛感させられる。
在庫は現物を直接ダブルチェックするのが鉄則
この事件の教訓は、経営幹部は役職員による横領のリスクにもっと目を向けるべき、ということである。宝石店においては、宝石強盗と同じくらい警戒すべきリスクである。リスク管理の出発点として、
「もし自分が会社の資産を横領するとしたら、何をターゲットにするか?」
と自問してみてほしい。そして、その資産を徹底的に守るのである。
ダブルチェックも形だけでは意味がない。不正を犯す者は、見つからないようにあらゆる手を尽くす。うわべだけのチェックでは簡単に欺かれてしまうものだ。在庫は現物を自分の目で見て、手で触って確認するのが鉄則である。ダイヤの横領も、別の社員が袋を触って「中身がおかしい」と気づいたそうだ。
ある銀行の支店では、金庫から現金を横領した職員が、本物のお札の間に同じサイズに切った紙を挟んで見た目をごまかしていたという事件が実際に起きている。
倉庫の実査に訪れる公認会計士や内部監査人にうず高く積み上げた箱を見せ、あたかもその中に製品がぎっしり詰まっているように説明するが、上の方に積んだ箱は実はすべて空っぽという手口もある。
横領のターゲットになりやすい資産のキーワードは、「アクセス」「持ち運び」「換金」のしやすさである。「持ち運び」「換金」の容易な小粒のダイヤなどは、当然、アクセス制限を厳重にしないと危ない。この事件の容疑者のように道を踏み外す社員を出さないのも、管理者の重要な責務だ。(甘粕潔)