ユーロ流通から10年半 国家が独自通貨を持たない苦しみ

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   欧州危機は、ギリシャ政府の多額債務や銀行の自己資本低下などにより、国や企業のバランスシートが傷んでしまったことが本質的な問題である。同時に、ユーロという共通通貨の存在も事態を長引かせる要因になっている。ユーロが流通し始めた2002年1月から10年半が経ち、統一通貨の良い面も悪い面も現れてしまった。

   いまのところ欧州危機は小康状態が続いているが、あのリーマン・ショック前のユーロの強さからは別世界の局面を迎えている。2008年当時1ユーロは170円くらいだったが、今はちょうど100円で4割も下落している。

ピンポイントで病巣をアタックできる処方がない

(カット:長友啓典)
(カット:長友啓典)

   ふつう景気が悪くなると、市中の金利は下がる。政策金利は、政府か中央銀行が「下げます」と宣言するから下がるものではなく、一般的には中央銀行などが市中で流通するお金を増やすことで、政策金利を下げていくことになる。

   金利は、言い換えれば、お金を借りるときの値段のようなものだ。だから、たくさんのお金が市中にあふれていれば、値段は下がる。農作物の売り手がたくさんいれば、値段が下がっていくのと、まったく同じ原理である。

   ユーロの場合も、欧州中央銀行が市中の通貨を増やしたり減らしたりして、政策金利をコントロールする。ただし通常と違うのは、ユーロがEU加盟国のうち17カ国で法定通貨となっていることである。

   ひとつの国の経済の不況を救うには、その国の政策金利を引き下げ、お金を借りやすくし、投資が進みやすくし、経済が好転するようにし向けていく。その国の政策金利を引き下げるために、その国の市中で流通する通貨量を増やすアクションを起こす。

   しかし、ユーロを法定通貨として共通に持つ圏内で、特定の国の経済が極端に停滞したとしても、特定の国に固有の通貨がない以上、特定の国の政策金利を下げていくアクションは取りようもない。財政破綻からギリシャ経済が混迷する事態に陥っても、ピンポイントで改善する手段をなかなか打つことができないでいる。

   通貨供給量をあやつることで、ピンポイントで病巣をアタックできる処方がない。欧州危機を長引かせている要因はそれだけがではないが、少なくとも長期化の片棒をかついでいるように僕には思える。今となっては、EUに加盟してはいるが独自通貨を維持している英国、デンマーク、スウェーデンなどの国は、目先が利いていたのだと思える。

通貨統合の大きな恩恵を受けていたギリシャ

   ただし、ユーロという共通通貨を持つことは、悪いことばかりではなかった。事実、EU加盟国の中では経済発展が遅れていたギリシャは、当初、大変な恩恵を受けている。労働力や資本が国境を越えて流入してきたばかりでなく、それまでよりもずっと低い金利でお金を借りることができるようになった。

   流通しているお金は、お金を発行する中央銀行からみれば債務であり、将来のいつかの時点でその金額に見合う責任を果たすことになる。中央銀行や、その後ろ盾になる国自体の信用が劣ると、金利は高くなる。

   ギリシャという単一国家で使われていた「ドラクマ」という通貨に比べれば、圧倒的に安い金利でユーロというお金を借りることができた。だから、設備投資もやりやすくなり、遅れをとっていた経済はどんどん追いついていくことになる。

   こうしてユーロ導入からしばらくの間、ギリシャなどユーロ圏で相対的に経済が遅れていた国々は、繁栄を謳歌することになった。そうしたプラスの面を実体験しているからこそ、ギリシャの立場からユーロ離脱という選択をとることもなかなかできない。

   ユーロという共通通貨――そこにはプラスとマイナスの作用が内包されている。欧州の経済危機の解決には、EUのあり方を考える難しい問題がある。(大庫直樹)

大庫直樹(おおご・なおき)
1962年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。20年間にわたりマッキンゼーでコンサルティングに従事。東京、ストックホルム、ソウル・オフィスに所属。99年からはパートナーとして銀行からノンバンクまであらゆる業態の金融機関の経営改革に携わる。2005年GEに転じ、08年独立しルートエフを設立、代表取締役(現職)。09~11年大阪府特別参与、11年よりプライスウォーターハウスクーパース常務執行役員(現職)。著書に『あしたのための「銀行学」入門』 (PHPビジネス新書)、『あした ゆたかに なあれ―パパの休日の経済学』(世界文化社)など。
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