前回、JR西日本で発覚した約2400万円の横領事件について紹介したが、これをきっかけに行われた全社的な調査で、別の駅でも同じような手口による約8600万円の横領が明るみになっている。
この事件は、50歳になる男性駅員Aが、若手駅員たちに「分け前」を与えながら不正に加担させ、5年以上にわたって約650件の横領を繰り返していたという点で、さらに深刻だ。
不正に加担した駅員はほとんどが20代前半であり、Aは自分の父親と同じくらいの年恰好である。仕事を教えてくれたりミスをカバーしてくれたりと、いろいろ面倒を見てくれる大先輩に対して、不正だと分かっていても断り切れなかったのだろう。
会社が呼びかけた「4つの自問」も効かなかった
JR西日本といえば、あの痛ましい脱線転覆事故を受けて、倫理・コンプライアンス体制の再構築に人一倍取り組んでいるはずだ。その努力は率直に評価したい。
しかし、これらの横領事件を見る限り、役職員一人ひとりの意識や組織風土の改革がいかに難しいかを痛感させられる。
組織を効率的に回すには、上意下達のイエスマンで固めることが近道だが、「上司の言うことに逆らえない」組織風土は、不正リスクを高める側面もある。不正が集団で行われていれば、チェック体制も意味をなさなくなってしまう。
会社がさまざまな対策を講じて不祥事の再発防止を図っていた最中にこれらの事件が進行していたということは、関係者にとってさぞショックであろう。たとえば、JR西日本には、不祥事を防ぐための「4つの自問」というものがある。
立ち止まって考えましょう、
その行為は、
1.家族や親しい人に悲しい思いをさせませんか。
2.見つからなければ大丈夫と思っていませんか。
3.重大な結果につながりませんか。
4.マスコミ等で報道されたとき、他の人はどのように感じると思いますか。
これは、一般に「倫理テスト」といわれるツールで、判断に迷った時、不正を正当化しそうになった時などに自分を律する最後の砦となるものとして、多くの企業が採用している。しかし、不正に関わった駅員たちにはこれも効かなかったということだ。
複数の駅で同じような不正が同時進行していたとなると、「組織ぐるみ」という言葉も浮かんでくるかもしれない。しかし報道などによれば、それぞれの犯人が情報交換をしていた形跡はなく、経営者や管理者による指示命令が絡んだ不正ではないので、「組織ぐるみ」と形容するのは言い過ぎであろう。
とはいえ、これだけ不正が横行していたということは、全社的な組織風土や管理体制に問題があったと言わざるを得ない。
「会社に通報しても無駄」というあきらめ感を抱かせない
JR西日本が発表した再発防止策は、その多くがチェックやモニタリングなどの仕組みの強化である。これらは、不正の機会を減らすうえでもちろん重要な対策だが、実際にチェックを行う職員の意識が高まらなければ、仕組みの効果は発揮されず、結局形骸化してしまうだろう。
プレスリリースでは「不正を許さない風土を作る」ということが強調されているが、具体的に何をすべきだろうか。意識・風土改革のキーワードは、「率先垂範」と「信賞必罰」である。まずは、今回の事件を研修において生々しく取り上げ、
「不正は必ず発覚する」「発覚したら容赦なく厳しく罰する」「刑事告訴も辞さない」「自分のキャリアは台無しとなり、家族も不幸にする」
ということを、一人ひとりに痛感させることが必要だ。その上で、「4つの問い」の意義をあらためて徹底的にすり込むとよい。
内部通報制度への信頼感を高めることも不可欠だ。匿名の意識調査により通報制度に対する本音をできるだけ吸い上げて、制度の改善に活かす。
従業員が通報をためらう理由には、報復やいやがらせが怖いという以外に、「通報しても無駄だ」という不信感、あきらめ感がある。経営者は通報を奨励し、「通報者保護と事実究明に本気で取り組む」というメッセージをあらゆる機会を通じて送り続けなければならない。
さらに、これは慎重な対応が求められるが、今回のように不正に加担させられた者が、自らの過ちを勇気をもって通報した場合に、何らかの情状酌量の余地を設ける制度の導入も検討の余地があろう。
内部通報制度の活性化は、「不正は必ず発覚する」という認識を高め、抑止力の強化につながるのである。
そして、前回も取り上げたが、管理者教育を通じて範となるリーダーを育て、不正リスクへの感度、異常への察知力を高める。「うちでは不正は起きない」「部下に任せておけばいい」という安易な意識は禁物であり、チェックを怠った管理者に対しても厳正な処分を徹底することで、現場の規律を高めなければならない。(甘粕潔)