サービス残業を根絶するためには、残業代をすべて支払う必要がある。しかしこれを徹底すると、仕事の遅い人ほど収入が多くなるという矛盾が明らかになってしまう。時短は労働者にとって必ずしもメリットにならなくなるのだ。
ある職場では、仕事の遅い人に対して、残業時間に応じて罰金を支払わせる方法を取っていたが、それを聞いた社長が「全社的に取り組めないか」と面白がっているという。
「残業代はすべて支払っているから問題なかろう」
――流通サービス業の人事です。当社では現在、コストダウンとコンプライアンス、ワークライフバランスを同時に実現するために、「サービス残業の根絶」を打ち出しています。
以前にも増して労働時間の管理を徹底しつつ、発生した残業時間に対する手当は漏れなく支払うようにしています。
さらに各部署では、予算を達成しながら労働時間を減らすよう、さまざまな工夫を行なっています。先日、全社の管理職会議で、社長が「残業代をもっと減らす方法はないか」と出席者に問いかけたところ、ある部長が、
「うちの部では残業1時間につき、社員に100円の罰金を払わせてます。それを半期に一度集めて、部の飲み会費用にあててるんです」
と発言しました。これを聞いた出席者たちは騒然となり、社長は「バカヤロウ!」と怒る…かと思いきや、
「面白い。名案じゃないか(笑)。残業手当は支払ってるんだから、そのくらい問題ないだろう。全社的にできないか、人事で検討してくれ」
と予想外の指示を受けてしまいました。
ただ、懲戒処分の手続きもなく社員から罰金を徴収するなんて、感覚的にはありえないのですが、こんなこと、法的に許されるんでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
そのままでは違法だが、似た効果を上げる方法はある
残業代が漏れなく支払われる場合、残業時間が多いほど収入が多くなるため、社員には労働時間削減のインセンティブが働きにくくなります。「仕事が遅い人ほど高収入」という矛盾も起きます。会社が「残業をすればするほど損をする」しくみを作りたいという思うのも自然でしょう。しかし、「残業したら罰金」というのは法的に問題があります。労働基準法16条は、会社が社員との間で違約金を定めたり、損害賠償を予定する契約を結んではいけないとしています。ノルマ未達成なら罰金とか、退職したら損害賠償といった契約は無効です。
ただし、賞与の支給前に賞与原資を部署によって調整する方法なら、法的には問題ないでしょう。実際、ある外資系企業では、残業を原則禁止とし、残業時間に応じて部署の賞与原資を減らしているそうです。労働時間は、個人だけでは削減しにくいものです。この方法なら、組織的に業務分担やプロセス、やり方の見直しをするインセンティブが働くのではないでしょうか。
臨床心理士・尾崎健一の視点
賞罰より、本来の残業のあり方を考えるべき
そもそも残業(時間外労働)は本来、会社からの命令で行われるものです。社員個人の勝手な行動ではありません。残業手当は、会社が認めた時間外労働に対する対価なのです。したがって、会社が認めた労働をしたら罰金を取られてしまうというのでは、矛盾します。また、就業時間中に終わらない仕事を命令されているのに、それが終わらないから罰金というのも、まるで二重のペナルティを課されていることになってしまいます。当然、モチベーションも下がるでしょう。これを避けるためには、罰金制度よりも、残業時間が一定水準以下の社員や部署に、報奨金を設ける方が効果があがりそうです。
とはいえ、報奨制度の効果は、時間とともに薄れがちです。結局は、残業が多い部門とその要因を経営者や管理者が把握し、課題や対策を実行することが必要になると思われます。そのうえで、「残業は上司の承認の元で行う」という当たり前のことを徹底する、というところに戻るのではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。