大きな横領事件が起こると、会社から事件の顛末を整理した調査報告書が公開される。それを見ると「なぜもっと早く発見できなかったのだろう」と思うことが多い。
2012年2月に公表されたJR西日本での「駅員による定期券の不正払い戻し事件」でも、複数の駅で合計1億円を超える着服が繰り返されていたが、決められたチェックをきちんと行っていればすぐに発覚したはずである。
事件発覚の経緯はこんな感じだ。2012年1月、某駅に勤務する職員Aは、業務記録をチェックしていて、おかしなことに気づいた。同僚のBが出勤している日に限って、やたらと定期券の払い戻しが多いのである。
盲点を突いて2400万円を横領した駅員
不審に思ったAは上司に報告し、上司はBに事情を確認した。するとBは、窓口勤務のときに不正を行っていたことを自供した。具体的な手口はこうだ。
Bが勤務する「みどりの窓口」では、改札を通らなくなる「磁気異常」の定期券を再発行する業務がある。これを悪用し、架空の乗客からの依頼を装って再発行を行い、さらにその定期券を払い戻しすることで現金を着服していたという。
社内調査により、Bは約1年半にわたって同様の不正処理を300回以上行い、被害額は約2400万円にのぼることが分かった。
定期券を再発行する場合には、再発行のデータと、回収した定期券の数がきちんと合わなければならない。社内規程にも当然照合チェックを行うと書かれていたが、Bは自らチェックを行っており、「合致した」ことにして記録をつけていた。
また、日々のチェックに加えて10日毎にも別途再チェックするルールになっていたが、実際には行われていなかった。社内調査結果では、チェックが甘くなった理由について「定期券の再発行では売り上げが計上されず、現金が動かないため」などと説明されている。
記録のチェックは、管理者の重要な仕事である。この点について、記者会見したJR西日本の常務も「管理者が全く不正に気付かなかったことは、職場管理上大きな問題があった」と認めている。
「チェックを怠れば何が起こるか」を想定する
要するにチェックが形骸化していたために、部下に巨額の不正着服を許したことになるが、人が人を管理している以上、このような事態はどの組織でも起こり得る。不正を未然に防ぐためにはどうすればいいのか。
最も基本的かつ重要なのは、ダブルチェックの仕組みを確立し、事務処理のルールを明確にすることである。ただしJR西日本の場合、仕組みとルールは曲がりなりにも存在していたが、残念ながら徹底されていなかった。
再発行データの入力と定期券の回収、照合を実質的にひとりで行えてしまうようでは、内部統制はないに等しく、不正への誘惑が高まるのも当然である。不正リスクへの感度の高い管理者ならば「ダブルチェックの存在しない状況」を放置しなかっただろう。
この感度は、「チェックを怠ると何が起こりうるか」というリスクの想定力によるところが大きい。限られた人員と時間ですべての業務を事細かにチェックするのは非効率だが、不正による影響を想定すれば、リスクの高い業務にチェックを集中させることができる。いわゆる「リスクベースの対応」である。
リスクへの感度を高める勘所として、不正対策の専門家の世界では"Think like a thief."という発想が重視される。つまり、
「この業務において、もし自分が不正をするとしたら、どんなチェックの甘さを突いて、どんな手口を使うだろう」
という視点で、業務の流れを見直し、管理体制の弱点を洗い出すのだ。敵を知り、己の弱点を知ることで、対策を強化するのである。
管理者は「自分の部下に限って不正なんてしないだろう」という思い込みを排し、懐疑心を働かせながら、不幸な部下を生まないように責任を果たすべきだ。(甘粕潔)